発酵と美容、それぞれの文脈で麹を伝えたい。新たなブランド立ち上げの経緯に迫る

※2022年12月3日に「株式会社オリゼ」へ社名変更しました。

 

日本の伝統的な食文化である麹の魅力に惚れ込み、発酵を次世代に伝えるべく事業を行ってきた小泉泰英。生協組合などを通して販売を行なうBtoB事業に加え、EC販売をメインとするD2Cのビューティーフード事業も始めた。2つのブランドの商品自体は大きく変わらないが、そのコンセプトや見せ方は全く違うという。新ブランドの展開に乗り出した理由や、具体的なブランド設計について話を聞いた。

【プロフィール】小泉 泰英(こいずみ やすひで)

宇都宮大学農学部在学中に米農家で働いたことをきっかけに、食と農をつなげる発酵の可能性に注目する。在学中の2018年5月に株式会社アグクルを創業し、発酵を次世代に伝えることを目指して発酵食品の製造・販売を行う。

小泉さんの過去インタビュー記事はこちら:自然を僕らの手に取り戻す。日本の食生活を救う、発酵の魅力とは

D2Cのブランドを新たにスタート

ー現在、取り組まれている事業を教えてください。

大きく3つの事業に取り組んでいます。1つ目が、「腸内から“美しさを支える”、食べるコスメ」というコンセプトで行っているD2Cのフードコスメ「ORYZAE」の事業です。腸活やインナービューティーという領域に対してアプローチしています。ECで販売していて、ブランドの世界観を作り込み、ブランド戦略や成長戦略も緻密に設計している事業になります。D2Cというと、自分たちで作ったものをお客様に直接届けるという文脈が強いかなと思いますが、それだけではなく、ブランドに込めた想いを味や商品デザイン・パンフレット、SNSなど全てに反映させて、お客様に届けられるようにしています。2つ目が、元々ずっとやってきた発酵調味料「おりぜ」です。こちらは生協組合やスーパーマーケットを中心に展開しているBtoCの事業になります。腸活という文脈よりは、発酵という文脈を強く打ち出しています。3つ目がBtoBの保育所給食事業です。現在20箇所くらいの保育所で、発酵給食を提供しています。 

 

ー発酵調味料おりぜのブランドを残しつつ、新たにフードコスメORYZAEのブランドを展開されたのですね。

会社として次のステップに行くために、おりぜを残しつつ新たにORYZAEブランドを立ち上げました。2年ほど事業をやってきて、文化的な側面としての発酵が好きなユーザーと、その発酵によってもたらされる腸活やビューティーといったベネフィットが好きなユーザーが全然違うということが分かってきたんです。例えば、生協組合のカタログでお母さんが商品を購入される場面があると思うんですけど、美しくなりたいから生協組合で注文する方ってほとんど居ないのではないでしょうか。安心安全で美味しそう、発酵って書いてあってなんだか身体に良さそうだからという理由で注文される方がやっぱり多い。逆に、発酵と言われてもよくわからないけど、腸活やインナーコスメと言われると「なるほど」と食いついてくれるお客様もいます。このように同じ商品でも、違う意思疎通をしていかないとそれぞれのお客様には届かないということで、ブランドを分けようということになりました。

 

ーフードコスメORYZAEは2020年の11月にリリースされていますが、新たなブランドを始められた理由や、なぜこの時期だったのかという点についてお伺いしたいです。

新しいブランドを始めようと思った1番の理由は、事業の延長線上に指数関数的な成長が見えなくなったからです。5年で2倍とか、10年で3倍といった売上は実現できそうな見込みがありましたが、起業した時から、社会を変えていけるような大きな会社になりたいと思っていました。それで、自分たちが描いている世界が少しでも早く実現するために、もっと事業を加速させるには何をどうすればいいのか考えるようになりました。お金も人も会社の立地も、究極的には全部大事ですが、その中で、自社の成長に一番影響するものはプロダクトだなと思ったんです。プロダクトといっても、別に商品を変えるだけじゃなくて、商品の見せ方を変えることも手段の1つかなと思ってORYZAEの構想を始めました。

また、ちょうどその時期だった理由としては2つあります。1つは、経営を変えていこうという流れから、顧問を1人入れた時期だったことです。その結果、新しいブランドを始めようということになり、ORYZAEに繋がりました。もう1つは、資金面からの理由です。何ヶ月後まで会社の資金が持つかという計算は常々しているのですが、新ブランドを数ヶ月後に始めたのでは、例えリリースして商品が良かったとしても、その頃には資金がショートして資金繰りが間に合わないみたいなところがあって、あのタイミングでのスタートとなりました。

 

ターゲットが変わっても、お客様第一の姿勢は変わらない

ーここからはフードコスメORYZAEについて伺っていきます。ORYZAEを購入されるのはどういった方ですか?

やはり美容や健康に高い関心のある女性が多いです。発酵調味料おりぜのみを展開していた時は、30~50代の女性や、3歳くらいのお子様を持つお母さんに多く購入いただいていましたが、現在では20代前半から60代にまでその幅が広がりました。また、おりぜは生協組合などを通じての販売がメインだったので、栃木県内でのご購入が多かったのですが、ORYZAEはEC販売が主なので、北は北海道から南は九州まで色々な地域の方にご購入いただいています。

しっかりとコンセプトづくりを行ってきたので、自分たちが設定しているターゲット層と大きな乖離はありません。ただ分析していると、想定していたシーンとは違う食べ方をされているんじゃないかなと感じ始めました。ORYZAE MORNINGというグラノーラは、朝食として食べていただくことを想定して作ったのですが、案外おやつで食べている方が多いんじゃないかと。こういった情報が分かれば、訴求の仕方を変えるなど、試せることがまだまだあるので、いろんな伝え方を試していきたいなと思っています。

 

ーORYZAEは、どのような点がお客様に刺さっているのでしょうか?

簡単に麹が摂れて、それが腸活になることが刺さっているのだと思います。麹というと、よく分からないとか難しそうというイメージがあると思いますが、それが簡単に摂れちゃってしかも美味しいというのがポイントでしょうか。世の中でも腸活や麹が流行ってきて、様々な商品が出てきています。そうなると結局、手軽さと美味しさが大事になるんだと思います。1度目の購入ではORYZAEの簡単さや麹への興味、見た目のおしゃれさといった部分で選んでいただき、2回目以降は美味しさから購入に至ることが多いと思うので、ブランドとしてそのバランスを取ることが重要だと考えています。

 

ー「腸内から美しさを支える」というコンセプトを作っていくにあたり、意識した点はありますか?

私自身、農学部出身で発酵のことしか知らないまま起業という流れだったので、自分が急にビューティーの領域に挑むことに対して、そもそも自分で自分を受け入れられないという状態がずっとありました。なので最初は、新しいブランドがどうこう以前に、私自身が変わっていくことを受け入れなければいけないとずっと感じていました。2019年の夏にORYZAEの事業構想を始めましたが、ORYZAEをリリースしてからも2021年の夏くらいまでは受け入れられていなかったですね。

コンセプトづくりで意識したのは見せ方です。ビューティーの分野は、本当に何も分からなかったので、他社の商品やLP、ブランドページをとにかく見て、色の使い方や写真の撮り方、テキストなどを研究しました。ORYZAEでもその辺りはかなりこだわっています。

 

ービューティ分野での展開を受け入れられなかった状態から、どのように乗り越えられたのでしょうか?

これが、面白いことにめちゃくちゃ売れると自然と受け入れられたという感じでした(笑)。ORYZAEをリリースしてからもしばらくは売上が緩やかに伸びているなという感じだったのですが、2021年の夏ごろから急に伸び率が良くなって。気づいたら受け入れていました。結局、売上などの結果が悩みを癒すのかもしれないと考えたりしています。

 

消費者が何を求めているのかを丁寧に把握されているという印象を受けました。マーケティングテストや消費者への調査はどのように行っているのですか?

製造方法の話にも繋がるのですが、うちの場合、自社の工場で小ロットで製造してテスト販売し、売れると分かったものだけを工場生産する形でマーケティングを行っています。加えて、ご購入者にヒアリングさせていただいています。この時に「美味しかったですか?」って聞いても「美味しくなかったです」と答える人は絶対に居ないので、相手の感情によって回答が変わる質問はしないように意識しています。具体的には「最後にいつ食べましたか?」とか「届いてから何日目に食べましたか?」といった数字的な回答を得られる質問です。こうすることで、この人には刺さっているなとか、こういうところが微妙だったのかもなというところを把握して、改善へ繋げていくことができます。

 

ーブランドコミュニケーションで意識していることを教えてください。

お客様全員と向き合うことを大切にしています。例えば、お客様からご相談を受けて、うちの商品が最適ならばもちろんうちの商品をお勧めするけれど、そうでないなら他社の商品だとしても「この商品がいいですよ」とお勧めしてあげられるブランドでありたいと思っています。

あとは、ブランドコミュニケーションであり、マーケティング戦略の1つでもあるのですが、2回目、3回目といったリピーターの方々がこれからも買い続けたいと思ってくださるようなブランドを目指しています。もちろん新規のお客様を獲得しつつも、ファンの皆様にこれからも大好きと言ってもらうにはどうしたらいいんだっけ、ということを常に社内のみんなに問いかけています。例えば、お客様の誕生日には、単にクーポンをお配りするだけじゃなくて、心からお祝いされていると感じてほしいので、そのサプライズを真剣に考えています。また、SNSでもお客様との関係を大切にしていて、タグ付け投稿をしてくださったお客様などに対しては全員にコメントを返すようにしています。ORYZAEのアカウントだけでなく、私のアカウントにコメントをくださる方もいて、その方々にも返信していますね。

 

ーSNSのコメントを返すなどは、地道で大変なことが多いのではないかと感じました。それらを実行するための工夫はありますか?

投稿などを運用するSNS担当がいますが、コメント返信は曜日によって担当を決めていて、社内の全員が担当するようにしています。なので、商品開発の人も施策の人も広告運用の人も全員がやっていますね。LINEアカウントは、お客様ごとに担当が決まっています。ファンの皆さんは、私たちの名前を覚えてくださっていて、例えばAさんの担当はこの人、Bさんの担当はこの人という風になっており、Aさんから連絡があれば担当者が対応しています。

 

小ロット製造やバリエーションへのこだわり

ー現在の製造プロセスはどのようになっているのでしょうか?

まず、私たちが農家さんとお米の卸の方からお米を購入します。そのお米が麹屋さんに行き、麹ができます。その麹からソースやドリンクを作るのですが、そこまでを麹屋さんでやってもらっています。シリアルやグラノーラは麹屋さんでは作れないので、麹を工場に持っていき、作ってもらったものを納品してもらいます。同時に、小ロットを製造するための自社工場があり、テスト販売用の商品はそちらで作っています。

お米はもともと農家さんからのみ購入していたのですが、事業が成長するにつれて卸さんからも購入するようになりました。農家さんは、お米の収穫時期である10月から12月の間の”新米”と言える時期に全て売ってしまいたいというニーズがあるんです。一方、私たちも日々事業が成長しているので、お米が何キロ必要かという予測がつかず、一括で現金で購入することがリスクになってしまいます。しかも購入したら数十トン分のお米を保管しておく場所を考える必要もある。そういった理由から、「何キロ欲しいです」と言ったら何月でも送ってくださる、新潟に工場を持つ卸さんにもお願いするようになりました。

 

ー製造の過程で工夫していることやこだわっていることはありますか?

1つはさっき言った通り、仕入れの部分を分散させるところで、経営力が上がったかなと感じている部分です。あとは、いわゆるD2Cと呼ばれる他の会社がほぼやっていないオリジナルの方法として、自社工場で小ロットを製造し、テスト販売をした上で売れる商品だけを工場にお願いするやり方があります。利点としては、商品開発のスピードが上がることが挙げられます。通常の方法だと6ヶ月くらいかかるので、同時並行で進めない限り新商品って年に2回くらいしか作れないんです。ですが私たちは、小ロットで生産し、3ヶ月で販売テストを実施しています。通常の方法の場合、どちらの商品も当たればいいですけど、両方とも渋かったとなるとそれまでの商品で勝負をし続けるしかない。一方、私たちの方法なら3ヶ月でテストをして、ダメだったらキッパリと次に行くことができます。逆に3ヶ月の時点でこれだけの数売れたら工場で量産するという数字も決めているので、工場に量産をお願いする時点である程度の売上が見込めており、「売れなかったらどうしよう」という不安なく量産体制に移れるというメリットもあります。

あとは、原料に古米と呼ばれる古いお米を使ってフードロスの解消に貢献しています。古米は、普通に食べるとちょっとパサパサしますが加工すれば全く問題ありません。これが実は麹にはすごく適していて、新米のもちもちしているお米より良い麹になったりするんです。新潟で天然の雪を使って冷却しているので劣化せず、むしろ熟成しながらCO2を出さずに保管できています。今は原料の全てが古米というわけではないですが、少しずつ古米の使用量を増やしているところです。

 

ーORYZAEのグラノーラは全く新しい商品だと思います。何かこだわった点はありますか?

スタートアップだと、まずはスタンダードな味を1種類作って、それが受け入れられたらいろいろな味に展開するパターンが多いのではないかと思います。最初から機能やオプションを付けすぎるのではなく、いわゆるMVP*と言われる形に徐々にお客様が求めるものを足して、事業を成長させていくモデルです。でも私たちはそのセオリーを破ったというか、信じていないという感じで最初からたくさんの種類を展開しました。

食べ物なら種類がいっぱいある方がワクワクするし、選びたいじゃないですか。「麹のグラノーラで身体にいいけれど、種類は1つしかありません」とコンセプトだけで押されるより、「味もバナナとかチョコとか何種類もありますよ」の方が嬉しくないですか。毎日味を楽しめるように7種類にしようというのは最初に決めましたね。ワクワクして欲しいという理由もありましたが、LTV**を考えると飽きずに喜んで食べてもらう必要もあって、そのためにラインナップを増やしています。7種類出すのは大変でしたけど、成功の要因だったかなと思います。

*MVP:Minimum Viable Productの略。顧客に提供できる最小限の製品やアプローチのこと。
**LTV:Lifetime Valueの略で、日本語では顧客生涯価値。1人の顧客がある起業やブランドに生涯でもたらす金銭的価値を評価したもの。

 

米麹という日本文化を世界の食卓へ

ーORYZAEを展開するにあたり、VCから資金調達をされたそうですね。どういった意図があったのでしょうか?

フードコスメORYZAEを始めるに当たって、元々やっていた事業を鈍化させてしまってでも今は新ブランドに時間を割くべきだという考えでした。なので売上が下がって、現金が減っていったという背景があって、調達しないとダメだろうなとなりました。さらに、新ブランドの立ち上げを乗り切ったとしても、あらゆる方面で競合は多いなと思っていたんです。フードコスメや麹という文脈だけで見れば、競合はほとんどいないけれど、D2Cのヘルスケアフードやビューティーフード、サプリメントやプロテインまで広げてしまえば、競合だらけ。店頭で戦うならまた別の方法があると思いますが、ECでやっていく以上、新規のお客様を獲得するために広告も出すし、広報のためにPR費も必要になってきます。そう考えると、今の自分たちの現金では大したことが出来ないという理由もあって、調達しようとなりました。これらは目先の戦略からの理由ですが、長期的に考えても調達した方がいいかなと思ったんです。世界中の人に麹を知ってもらいたいという想いが創業当時からあって、そのステップとしてIPOの可能性もあったので調達してもいいという気持ちになれました。

 

ー前回のインタビュー以降、本社を東京に移されていますが、その理由を伺いたいです。

栃木にいると、管轄銀行が地銀になってしまうんです。一方、今は登記上渋谷に本社があって、メガバンクを含めたくさんの銀行が管轄内にあります。前回はVCから資金調達をしましたが、黒字化していけば株式を減らして調達するより、銀行に融資してもらう資金調達の方がいいと思っているので、その時の幅を広げる意味がありました。あと、名刺を渡した時に栃木本社となっていると、東京に住んでいたとしても常に栃木にいると思われてしまうことがネックだったんです。誘ってもらいやすさを考えて東京に移したようなところもあります。

東京本社では主にフードコスメORYZAEの事業をやっています。一方、宇都宮では、発酵調味料おりぜの発注・納品をしていたり、全ての在庫を置いているので発送拠点になったりしています。

 

ー新しく取り組まれたことがたくさんあったと思いますが、その中でも変わらなかったことはありますか?

常にお客様を見続けようという意識は変わっていないです。訴求が発酵かビューティーかみたいなのは、最終どうでもよくて、その時代のお客様が求めているあり方を、麹や発酵を使って提案していくことが私たちの役割だと思っているので、お客様を大事にすることはブランドを作っていく上でも欠かせません。あとは、私自身が麹好きなので、麹や発酵のことをやり続けたいなと思っています。

 

ー最後に、今後の展望を教えてください。

長期的に見ると、麹が勝負できるところって国内じゃなくて世界だと思うんです。ブルガリアから始まったヨーグルトが今や世界中で当たり前に食べられているように、米麹という日本特有の文化が世界の食卓の当たり前になって、どこかの生活の一部に入り込むようなことを実現できるベンチャーはうちしかないと思います。そこに対して向き合い続けて、いつか達成したいですし、そのための商品づくりに挑戦し続けたいなと思っています。

フードコスメORYZAE https://oryzae.shop/
アグクルHP https://agcl.site/

 

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    interviewer

    堂前ひいな

    幸せになりたくて心理学を勉強する大学生。好きなものは音楽とタイ料理と少年漫画。実は創業時からtalikiにいる。

     

    writer

    細川ひかり

    生粋の香川県民。ついにうどんを打てるようになった。大学では持続可能な地域経営について勉強しています。

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