遊休不動産や歴史的建造物を生かして、大規模な開発のない宿泊施設運営を。
観光地として栄える地域にはリゾートホテルなどの大規模宿泊施設が立ち並ぶ一方、日本各地の自然あふれる土地や、趣を感じる歴史的建造物のある土地は魅力をうまくアピールすることができていない現状もある。株式会社キリンジはそうしたプレイヤーの少ない地域に、グランピング施設やホテル、古民家を利用したゲストハウスなどを展開して観光客を呼び込んでいる。民泊事業から株式会社キリンジを創業した代表取締役の天川洋介。施設を建てて終わりではなく地域全体の活性化につなげる工夫や、大規模な開発をせず、その地域にあるものを活かしながら魅力を生み出す上で意識していることについて聞いた。
【プロフィール】天川 洋介(あまかわ ようすけ)
株式会社キリンジ代表取締役。1980年生まれ、神戸大学出身。飲食業界で現場・出店企画などを経験し、飲食店の自営を経て2017年に株式会社キリンジを創業。大阪市内を中心に170室ほどの民泊を運営してきた。IoTを活用し、小さな施設であれば無人で運営できる効率運営のノウハウを構築したのちに地方進出。手がけてきた宿泊施設として、駅舎ホテル「NIPPONIA HOTEL 高野山 参詣鉄道」(和歌山県)、温泉グランピング「温楽ノ森」(兵庫県)、泊まれるワイン畑「余市ヴィンヤードグランピング」(北海道)などがある。JSAソムリエ資格保有。
もくじ
活かせていない地域の魅力をマネタイズし、活性化に繋げる
ー株式会社キリンジの事業内容について教えてください。
地方でグランピング施設やホテル、古民家を利用したゲストハウスなどを展開しています。元々大阪市内を中心にセルフチェックインの民泊を170室ほど運営し、IoTを活用して、1人2人くらいで管理する技術を構築してきました。大阪市内で国家戦略特区というものがあって、民泊を合法的に運営できたのが参入のきっかけだったのですが、2018年になって旅館業法が改正され、地方でも民泊ができるようになったんです。淡路島の委託された物件の管理から地方参入をして、遠隔でも管理できそうだと分かりました。技術とノウハウが蓄積されてきたことで、大阪でも地方でも変わらず数人で運営できるということになった時に、地方なら競合の施設も少ないし土地も安いじゃないか、と気づいて。また元々プレイヤーがいないから、行政の方々や地域の方々も、僕たちが行くことで地方が盛り上がると喜んでくれました。それで地方にグランピング施設やホテル、古民家を利用したゲストハウスなどを展開することを始めました。
今ある地域の課題として、景色のいい土地や、趣のある歴史的な建物があっても魅力を活かしきれていないということがあります。特に建物であれば維持管理費もかかりますよね。一方で行政でも民間でも、「せっかくの景色だから活かしたい」「いい建物だから残したい」と思っている人たちがいます。そこで僕たちが入ることで、マネタイズして活かすことができるし、地域の活性化にもつながるというのが僕たちの提供価値になっています。かつ僕たちはホテルを新築するよりもローコストでスピーディに展開でき、固定費を少なくすることができるというメリットもあります。
ー具体的に、運営されている宿泊施設の事例にはどんなものがありますか?
例えば南海電鉄さんと一緒に、駅舎ホテル『NIPPONIA HOTEL 高野山 参詣鉄道』を運営しています。高野下駅は、元々は高野山に行く参拝客が降りる終着駅だったんですが、線路が延びたことで降りる人が激減して活気が失われてしまったという場所です。地域としてこのままではいけないということで、南海電鉄さんと色々動いていたノオトという会社さんが宿泊施設にすることを提案。無人でも運営するノウハウがあるということで僕たちに話があったので、駅舎2階のコンコース内に部屋を作りました。大正14年築の駅舎で、当時のままの壁や柱、クラシックホテル調のインテリアなど、大正ロマンを感じるホテルになっています。あとはちょっとだけ南海電鉄さんの引退車両からパーツをお借りして、鉄道が好きな方にも楽しんでもらえるような遊びを持たせています。駅の中のホテルというのが珍しいということと、高野山観光の宿として選んでもらえるということもあって、しっかり収益が出ています。
NIPPONIA HOTEL 高野山 参詣鉄道
グランピングの例では、兵庫県の豊岡市出石町というところで温泉グランピング『温楽ノ森』を運営しています。元々豊岡市が保有する日帰り温泉施設があったのですが、赤字のため運営事業者さんが撤退し、存続の危機になっていました。日帰り温泉では収益が見込めないため、市にグランピング施設化による収益化を提案。温泉の建物の譲渡を受け、その周りにテントを20張ばかり建てました。出石町がある豊岡市は城崎温泉が有名なところなんですが、出石町はその帰りにお蕎麦を食べに来るような日帰り観光のまち。宿泊の目的地にして来る人はほとんどいませんでしたが、「宿泊の目的地となる施設」としてのグランピングとしてうまく成立し、黒字化ができています。
それから北海道でも、泊まれるワイン畑『余市ヴィンヤードグランピング』を運営しています。余市町はウイスキーで有名な町ですが、ワインも非常にレベルが高い。どこかで余市のワインを飲んだ人が、現地でも飲んでみたいということで訪ねてくるんです。でもワイナリーの方々は普段は葡萄を育てているわけで、農家としての仕事が忙しいからなかなか相手が出来なかったりするわけです。仕方ないからワインを買って帰ろうということになっても、いいワインはほとんど町外に出てしまっています。余市町で余市のワインを飲める場所があまりなく、ワインが観光コンテンツになりきれていないという課題があったんです。それでワインツーリズムを成立させるハブになるように、グランピング施設を運営することにしました。ワイナリーともお付き合いをしながら、時には収穫を一緒にやるようなプランを作ったり、ワイナリーを訪れるリクエストがあったときは僕たちがアテンドしてご迷惑にならないようにしたりということもしています。
余市ヴィンヤードグランピング
施設外でお金を使ってもらうことが、実質的な地域活性化につながる
ー必ずしも有名ではない地域に施設を建てられていますが、もっと魅力を引き出せそうな地域をどのように見つけられていますか?
僕自身がもともと旅好きで、バイクで日本1周したりする中で「いいな」と思う場所、思わない場所、色々見てきました。その感覚を活かして、仕事で色々な土地に行ってみて、「いいな」と思えばそこで商売として成り立つものを一生懸命考えていくというようなイメージです。
ー施設を建てて終わりではなく、地域の活性化に繋げていくために工夫されている点を教えてください。
まず「宿泊の目的地」として成立しうる施設を作ること。例えば出石に泊まりたいという需要がなくても、温楽ノ森が出石にあるから出石に泊まる、という宿泊需要を生み出すことを目指すわけです。そして日帰り観光ではなく、宿泊を伴う観光を呼び込むことで、地域内での消費額が上がります。訪日外国人がどこの都道府県で、1人あたりどれくらいお金を使ったかというデータがあるんですが、これが分かりやすい。*1位の北海道では約12.1万円使われています。一方の47位は奈良県で、約8000円。日帰りだとそこまでお金を使うシーンがないので、数だけ来てもそんなに地域内の消費額が上がらないんですよね。この格差ってすごく大きくて、経済的な恩恵が少ないのに人ばかり増えるといわゆる観光公害を引き起こすわけです。観光によって経済を回すには、宿泊を呼び込むのが良いんです。
総務省のサイトにあるフォーマットを見ると、宿泊業の経済効果は売上の2倍程度となっています。僕らの施設で1億円売上があるとすると、地域内ではもう1億円程度の経済循環が生まれているということになります。各施設でも地域の事業者さんからの購買やお客さんの誘導なども行っていて、地域にお金が落ちるという設計を意識しています。今の宿泊トレンドだとリゾート施設に行って、一歩も施設から出ずに過ごすようなものが多くなってきているんですが、それだと地域にお金が落ちないんです。自前で全部コンテンツ抱えてみたいな話になると、自分たちだけ儲けやがって、みたいな話になっちゃうので、地域の良いものは積極的に発信するようにしています。それも観光の魅力なので。
また、すごくたくさんの人を雇っているというほどではありませんが、地域の雇用創出という意味で働く場所を提供できているというプラス面はあると思います。地方から若い人がいなくなっていくのって、その地域で自分の思い描くようなキャリアやライフスタイルが実現できないからという理由もあるはずです。若者が地域で胸を張って働ける場所を作ることは、転出してしまう人を減らしたり、戻ってくるきっかけを作る事になると思います。実際にスタッフからは「地元にこんなにいい場所ができてくれてよかった」という声もいただいています。
*訪日外国人消費動向調査(観光庁)https://www.mlit.go.jp/kankocho/siryou/toukei/syouhityousa.html
開発で景観を損なわず、経済合理性も生み出す
ー「大型な開発を伴わない環境と社会に優しい、遊休資産*や歴史的な建築物を利活用した、土地の開発」ということをホームページで掲げられていますね。業界の現状として、大規模な開発をして大きな施設を建てることはまだまだ多いんでしょうか?
やっぱり多いですね。僕は沖縄が好きでよく行くんですが、行くたびに新しいホテルが海沿いに建っているんです。建つとどうなるかというと、そこにあった景色が四角く切り取られてしまうんです。泊まっている人からすれば海の景色を独占できていいのかもしれませんが、景観資源を損なっていますよね。それから京都でも、町屋など古い建物の宿ってあまり残っていなくて、思ったよりもビルが多かったり。そういった点を悲しく思うので、景色や歴史的な建築を保全したいという思いがあります。
それから、消費者の方たちは確かに快適で綺麗なホテルも求めているのかもしれませんが、それが景観を壊すような開発をして建てられたものであれば嫌悪感を抱くような風潮は少しずつ出てきていると思っていて。消費活動って投票のようなもので、応援したいと思ったところに対してお客さんが来てくれることで成り立っていくように変わってきていると感じています。それに古い建物って、例えば100年前の建物を作ることはできないという意味でも貴重ですし、元々古いからこそ価値も下がりにくいと思うんです。民泊のビジネスを数年やってきたからこそ思うことですが、新しい建物を作ってもすぐに劣化していくんですよ。「新築のホテルと30年前のホテルでどちらを選ぶ?」と言われたら新築の方を選ぶと思いますが、「100年前の建物と130年前の建物どっちがいい?」と言われたらどちらでも変わらない気がしますよね。僕たちなりに経済合理性を付与してやれているのかなと思います。
*遊休資産・・企業が事業目的で取得した資産のうち、稼働していない資産のこと。
歴史的建築や景色の魅力を生かして、新たな良さを出すために
ー歴史的な建築物や景色を生かして施設を作られていますが、元からの魅力を残しながら新しい良さを出すために、どんなことを意識されていますか。
歴史的建築物の方で言えば、高野山の駅舎ホテルで一緒にお仕事をしたノオトさんから学んだことでもあるのですが、“当時の良かった状態に戻してあげる”ということですね。古くても残っているということは、大事にされてきたのもありますがそもそも当時しっかりお金を掛けて作った建物なんですよね。元が豪邸なわけです。もちろん水回りなど最低限の部分は最新の設備にしますが、建物や土地自体の良さを含めて、“そこでないと成立しないもの”を作らないと量産が可能なものになってしまう。勿論そういうビジネス自体を否定するわけではないですが、同じものを横展開していくことって僕たちにとってはあまり楽しいと思えないんですよね。1つ1つ手作りしている方が、僕たちがやる価値があるものだと思います。
それから、“どう見せたいか”ということを意識してコンセプトに落とし込むようにも心がけています。僕は元々飲食の業界にいて、ソムリエの資格も保有しているんですが、ソムリエの仕事と今の仕事は似ていると思っています。ソムリエは例えばワインについて説明をしながらお客さんにサーブしますが、それは決してウンチクを語ってすごいと思わせたいのではない(笑)。ワインのいいところをガイドする役割なんです。「土の香りがしませんか」と言われたら確かに、と思ってしまうように、ガイドをされながら宿泊体験をするというのはいい経験になると思うんです。例えば余市のグランピング施設なら、ワイン用のブドウ畑に囲まれたエリアにあって、ブドウ畑の景色を楽しんでもらいたいんですよね。「この時間はこっちの畑と一緒に夕日が見えて綺麗なんですよ」などというようにガイドする工夫をしています。
余市のブドウ畑
ー宿泊施設を作る際、地域の方とどのようにコミュニケーションをされますか?
勝手に建設するわけにはいかないですから、説明会を開催したりというところからスタートですね。基本的にパートナーがついてくれる地域で展開をしているので、その地域ごとのキーマンの方に協力してもらえるパターンも多いです。地域の方も気になるのか、開業前後で見に来られたり。そうして地域の方とコミュニケーションをしていると、新しく「こんなことやりましょう」と提案をしてきてくれる方もいらっしゃいます。例えば余市のグランピング施設では、大道芸をしながらカクテルを作る『フレアバーテンディング』を札幌でやっている方が訪ねていらっしゃって。コロナ禍もあり、札幌では全然活動ができなかったということで、僕たちの施設でパフォーマンスをやりたいと申し出てくれたんです。地域で目立つことで関わってきてくれる人がいらっしゃるので、こちらからも是非、ということで新しい取り組みをすることもあります。
自分たちだけが儲かるビジネスをやるつもりはない
ー一級建築士のメンバーも参画されており、クリエイティブを担当されていると伺いました。優秀なメンバーが参画されるのには、どんな理由があるんでしょうか?
一級建築士のメンバーが参画してくれたのは、Twitterがきっかけで。2020年の3月にコロナウイルスが感染拡大した時にインバウンドが来なくなり、大阪でやっている民泊が空室だらけになったんですよね。当時医療従事者の方が「家庭にウイルスを持ち帰ってしまうのが怖いし、滞在できる場所があればいいのに」ということを言っているのを目にしていて。空室にしておくくらいなら、と思い無償で部屋を貸しますというツイートをしたらちょっとだけ“バズった”んです。そのツイートを見て、「転職先としていいな」と思って来てくれた人がいたという経緯でした。
決していいことをしようという意識でやったわけではなく、「使ってないから使ってくれていいよ」くらいのつもりでした。地方創生に関しても、自分たちがやったことが結果的に地方創生につながっているだけで、自分たちの気持ちとしてやりたいことをやったのが結果的にいい見え方をしたということなんですよね。僕たちが遊休資産や歴史的な建築物を利用するのは、僕たちしかやらないようなものを見つけてやっていく方が楽しいからで。大規模な施設は僕たちがやらなくても誰かがやりますし、需要の高い土地の取り合いで消耗するよりはこっちだ、って会社としての方向性をしっかり示す方がスタッフにとってもいいんじゃないかなと。
それから、もちろんブランドイメージを作ることを全く考えないというわけではないですが、軸としてあるのは「自分たちだけが儲かるビジネスをやるつもりはない」という意識です。人に迷惑をかけて儲けるような仕事をしているとどこにも出られなくなって結果的に損をする人生が待ってると思うので、喜んでもらえることをする。それがいい見え方をしたり、優秀なメンバーが来てくれることにつながったりする、いい循環につながっているのかなと思います。
ー最後に、今後の事業展開について教えてください。
今後は施設数をどんどん増やしたいというよりは、どんどん進化して長く愛されるような施設を作っていけたらと思っています。価値観の変化で、“今いちばんいいホテル”というものはどんどん変わっていくと思うんです。変化の中で長く残っていけるような施設を作っていきたいですね。その中で、他の業者と張り合うというよりは、「ウチでいいシステムができたから使ってみない?」というように業界全体で広げていけたらと思います。
株式会社キリンジ https://kirinji-corporation.jp/
interviewer
堂前ひいな
幸せになりたくて心理学を勉強する大学生。好きなものは音楽とタイ料理と少年漫画。実は創業時からtalikiにいる。
writer
掛川悠矢
記事を書いて社会起業家を応援したい大学生。サウナにハマっていて、将来は自宅にサウナを置きたいと思っている。
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