大企業の若手社員が語る、企業の中から社会課題解決を推進する葛藤と理想
2021年7月から10月にかけて実施された、社会課題を学ぶ4ヶ月間の共創プログラム『ESSENCE』。大企業の若手ルーキーからベンチャー企業の新規事業担当者までさまざまなバックグラウンドを持つ参加者が集い、「企業の中から社会課題解決に取り組むこと」に向き合った。今回の対談は、大企業からESSENCEに参加した若手社員の2人を迎え、社会課題解決へのスタンスの変化や、企業の中で感じる葛藤について聞いた。
ESSENCEとは?
これまで150名以上の社会起業家を支援してきたtalikiが、起業家ではなく会社員や学生の方を対象に「社会課題を多角的かつ実践的に学ぶ場」として開始した新たなプログラムです。コンテンツでは、最前線で活躍する社会起業家・活動家の方とのディスカッションや社会課題のリアルを知るフィールドワーク、映画から学ぶワーク、そして自分たちの課題意識や解決のための提案をアウトプットに落とし込むZINE(手作りの雑誌)やショートムービーの制作を行いました。
【プロフィール】
・伊藤 正泰(いとう まさやす)
1994年生まれ。株式会社丸井グループ 共創投資部調査担当。2017年丸井グループ入社。店舗での販売、人事部採用課を経て2020年10月より現職で中長期トレンドのリサーチに携わる。好きな食べ物は餃子。
・松田 健(まつだ けん)
1992年生まれ。京都信用金庫 価値創造統括部所属。2015年京都信用金庫入社。営業店勤務、大学院での中小企業診断士・MBAの取得を経て、現職で全支店の営業推進やIT化に携わる。好きな食べ物は牛丼。
・中村 多伽(なかむら たか)
株式会社taliki代表取締役CEO。本対談のモデレーターを務める。
もくじ
入社から現職に至るまで
中村多伽(以下、中村):まずは、お二人が現在の会社に入社を決められた理由を教えてください。
松田健(以下、松田):父がアパレル系の工場を経営しているのを見て育ったので、商売におけるお金の流れを知っておきたい気持ちがあり、金融機関に就職しようと考えていました。京都で生まれ育ったこともあって京都信用金庫を受け、1番最初に内定をいただいたのでご縁を感じ、入社を決めました。あと、雰囲気もすごく素敵で。最終面接の前に支店の空気を感じたくて訪問したいと伝えたら、温かく迎え入れてくださったのが印象的でした。これも入社の決め手になりましたね。
中村:伊藤さんはいかがですか?
伊藤正泰(以下、伊藤):私は学生時代の大半をアルバイトとサークルに捧げていました。アルバイトでの接客業を通して、将来もお客様と接する仕事に携わりたいと考え、思い浮かんだのが百貨店でした。ただ、お客様と接する仕事や、社会の役に立つ仕事ができたらいいなとは思いつつも、「これをやりたい」みたいなこだわりはあまりなかったんです。そこで、小売以外にも投資やフィンテックなど事業領域が幅広く、自分の働くイメージもわいた丸井グループへの入社を決めました。
中村:入社後、どのような経緯で現在の役職につかれたのですか?
松田:最初は営業店で働いていました。その後1年間、東京の大学院で中小企業診断士の資格とMBAの取得を目指して勉強をし、現在の価値創造統括部に異動しました。
中村:会社負担で大学院で勉強する機会が得られたのは、松田さんに対してどのような期待があったからなのでしょうか?
松田:営業店で勤務していた時から、中小企業診断士の資格取得に向けて勉強していました。このことがきっかけとなって社内で表彰いただいたこともあって。結果として、本格的に資格取得のために大学院に進学することを応援してもらいました。
中村:自主的に、資格の取得に向けた勉強をされていたんですね。
松田:そうですね。お客様のために自分ができることってなんだろうと悩んでいて、僕は体育会系でもなければ根がすごく明るいわけでもないので、せめて勉強だけは頑張って他の人に負けないようにしようと思ったんです(笑)。
中村:中小企業診断士はすごく取得が難しいと聞きました。さすがです。伊藤さんはどのようなキャリアを歩まれたのですか?
伊藤:入社後まずは、店舗でお客様に商品を販売する仕事をし、その後、人事部採用課に異動しました。1年間新卒採用を担当した後、現在の共創投資部に来ました。
中村:店頭での接客、採用、投資、どれも全く異なる分野ですよね。どうして今の共創投資部に異動されたのですか?
伊藤:同期の1人が、現在の共創投資部の調査担当に当たる部署で働いていた際に、「共創投資部は、経営の未来への意思決定をサポートする仕事だ」と話をしていました。その話を聞いて、自分も経営の中枢に関わるような仕事をしたいと思うようになり、タイミングをみて、今の部署への異動希望を出しました。
社会課題解決を推進する企業の社員として
中村:お二人とも入社後いろんなご経験をされてきたことが伺えました。その中で社会課題に対してどのようなスタンスが形成されたと思いますか?
松田:信用金庫というもの自体が地域に根ざした組織なので、地域社会のことを考えたアクションを取るバックボーンが元々あると感じます。加えて、京都信用金庫は全国の金融機関の中でもトップクラスに社会課題解決に対する感度が高いです。近年、社会課題解決やESG経営に取り組む企業を評価するソーシャル企業認証制度が始まったり、出資先の80%をソーシャルな企業にすることを掲げていたりと、社会課題解決に向けたアクションを積極的に行っています。そんな中で、僕個人としては葛藤を感じる部分もあって。中小企業診断士やMBA取得を通して、ビジネスとしてどう儲けるのかということを最重視していたので、自分の社会課題への解像度は低いなと感じていました。
あと、社会課題解決への猜疑心みたいなものも少しありましたね。僕の父を含め、日々中小零細企業で頑張っている方々と関わっていて思うのは、中小零細企業って儲かってなんぼだし、直近の資金繰りに必死というような世界なんですよね。それに対して、社会課題解決をしようとしている方は、よりマクロな理想論を語る方が多いというイメージがあり、このギャップが猜疑心のようなものに繋がったのかなと思います。
中村:現場を知っているからこそ、直近の資金繰りの話をしているのに、10年後の社会へのインパクトのような話をされるとずれを感じるということですよね。それは私も完全に同意します。
伊藤:丸井グループでは、以前から社会課題解決やSDGsへの取り組みの意識はあり、社内にも浸透してきています。これからは、そうしたことへの意識が低い企業は、お客様に選んでもらえず、淘汰されていくという危機感を持っています。加えて、社会課題解決やSDGsへの取り組みを事業のチャンスとも捉えています。最近では、Q-SUIというマイボトルへの水の給水サービスや、ヴィーガンスイーツのデリバリーなどの事業を展開しています。
私自身は丸井グループに就職するまで、社会課題解決とは無縁の人生でした。私が初めて社会課題を意識したのは、メンズのスーツ屋さんでトランスジェンダーのお客様の接客をさせていただいた時です。その方は、買い物をはじめ日常生活を送る上できっといろんなことに気を遣わないといけないんだろうなということを想像し、一方の私はなんでこんなにのうのうと生きているんだろうと思いました。この経験が忘れられず、会社が社会課題の解決やサステナビリティを追求していくという方向性を打ち出した後も、その方向性に共感して働くことができています。
中村:お二人とも社会課題への意識はあったとのことですが、どうしてESSENCEに参加されたのですか?
松田:売り上げを追求するようなビジネスこそが正義というような僕の価値観は、会社が目指している社会課題解決を促進する方針とマッチしないのではないか、ということにちょうど悩んでいた時、ESSENCEのことを知りました。会社の方針や社会課題そのものへの解像度をあげたいと思い、会社から背中を押してもらって参加しました。
伊藤:私は社内で、社会課題を解決し理想の社会を作っていくワクワク感は日々実感していました。しかし、社会課題にはもっとどろどろした辛いことや痛みが含まれているはずなのに自分はそれを知らないし、知らないのに社会課題解決をビジネスで目指すと言っていることがすごく嫌だなとも思っていたんですよね。社会課題の実態をちゃんと認識したい、自分に何ができるのか考えたいという想いで、参加を決めました。
あと、ESSENCEには、企業のCSR担当やサステナビリティ担当の方が抱える悩みを、みんなで共有し解決していくという目的もあります。この目的の元でESSENCEに集まる方々との出会いにワクワクしたことも、参加を決めた大きな理由ですね。
社会課題への解像度が上がった
中村:実際に参加してみて、社会課題へのスタンスや意識には何か変化がありましたか?
伊藤:社会課題解決の理想や綺麗事の裏では、今日生きていくことに精一杯、生計を立てることに必死というような人がたくさんいる、ということを知れたのが、1番の学びです。
中村:どのような場面で特に感じましたか?
伊藤:社会に居場所がないと感じる少女たちを支援する、京都わかくさねっとさんの支援現場を訪問した時ですね。わかくささんは、支援する/されるという立場に関係なく、対等な関係を築いていて、みんなで一緒に社会課題の解決を目指していました。その場面を見て、それまで自分は社会課題解決を”やってあげる”感があったなということに、ようやく気がつけたんです。一緒に解決していこうって思っていても、心の底では「自分たちがやってあげないと」という気持ちがあったんじゃないかなって反省しました。
中村:なるほど。支援の現場を見ることによって、社会課題の当事者の方との距離が近づいて、一緒に解決していく実感値を持てたというような感じでしょうか?
伊藤:そうですね。社会課題に苦しんでいるのは、テレビや本の向こう側にいる人ではなく、自分のすぐ近くにいる人なんだっていう感覚を持てたのは、ESSENCEに参加して良かったなと思います。
中村:面白いですね。ありがとうございます。松田さんは何か変化ありましたか?
松田:ESSENCEに参加する前は、社会課題解決を二項対立で捉えていましたが、必ずしも二項対立ではないという考え方ができるようになったと思います。プログラムの最後に、社会課題を伝える制作物として、ZINEという雑誌を制作しました。テーマは「対話:わかりあえなくても、『』」で、ESSENCEの活動を通してわかりあえなくても今できることがあるんじゃないかと感じたことを、アウトプットしました。100点じゃなくてもいいから、30点、50点だとしても何かできることを今やるということに意味がある、という想いを込めています。自分は今まで、社会課題解決への関わり方を0か100かで捉えていたけど、もう少しなめらかなフェーズとして捉えられるようになったのが1番の変化ですね。今0の人が100を目指す必要はなくて、「まずは10点くらいから始めていきましょうか」、というようなことを他人に語れるようになりました。
中村:素敵ですね。松田さんご自身が、社会課題解決に100点で取り組んでいる人を見る目線も変わったということでしょうか?
松田:それもありますね。ESSENCEの中で、ゲストスピーカーの方に疑問をぶつける機会がたくさんありました。特に、社会課題解決は辛いのに100点のトップランナーの人たちはなぜ取り組むんだろう、とずっと疑問に思っていたんです。ゲストスピーカーの中家寿之さんは、自分がやっていることが社会にとって損失になっているのは良くないから、その損失に対してアプローチしているんだと話してくださいました。他にも「なんで社会課題解決に取り組むかをわざわざ聞かれるのかが理解できない」というような若手起業家の方のお話もとても興味深かったです。自分のアクションを”何か悪いことをしている”と捉えることで抱く罪悪感が強い人ほど、社会課題解決への行動を起こすのかなという気づきがありました。ある意味センシティブで自分に対して厳しい人たちなんだなと理解できましたね。リアルなアプローチをしているゲストスピーカーの考えを聞くことの積み重ねで、自分の中でのグラデーションができたなと感じています。
中村:そもそも活動の種類としてもグラデーションがあるし、今100点の人もグラデーションを積み重ねてきたという背景を知ることができたというのも、重要だったのかなと思いました。
1人の社員としての葛藤
中村:お二人ともESSENCEに参加して社会課題への向き合い方が変化したとお話してくださいました。しかしいざ会社に戻ると、日々の業務や会社の目指す方向性など、いろんな理由でギャップを感じることもあるのではないでしょうか?
松田:僕たち金融機関は、社会課題解決に向けて直接アクションを起こすというより、社会課題解決に挑戦する人を応援するプラットフォーマー的な立ち位置です。実際に社会課題解決に携わったことない人にサポートできるんだろうかという葛藤を感じることがあります。金融機関の一職員としての自分は、社会課題解決に貢献できているんだろうかと悩んでいます。
また、社会課題解決と資本主義的な考え方のバッティングもどうしても生まれてしまうことにもジレンマを感じています。特に僕たちのお客様は中小零細企業なので、大手企業さんみたいにCSR、ESGに取り組む余裕もないわけですよね。改めて現場に即して考えると、資本主義的な考え方と社会課題解決の間で、まだまだ何もできていないなと思います。
中村:なるほど。伊藤さんは何か葛藤を感じられることはありますか?
伊藤:丸井グループは会社全体として、社会課題やサステナビリティへの理解が進んでいますが、一人一人の意識や想いの程度には差があり、全員が高い解像度で理解しているわけではないです。また、社会課題解決への想いがあっても、組織として目指しているKPIの中には売り上げをあげることなどもあり、どうしても短期的な視点に陥ってしまうことには葛藤を感じていますね。
中村:お二人とも、短期的な売り上げなどの成績と長期的に会社として目指すところのフィットに疑問が残っているのかなと思いました。この葛藤を踏まえて、今後お二人がリーダー層になられたときに、組織メンバーとどのようなコミュニケーションを取っていきたいか教えてください。
伊藤:KPIは短期的な指標ですが、なぜそのKPIを目指す必要があるのか、長期的にどのようなことに繋がっているのかということを、メンバーに伝えていきたいと思っています。ただ目標を上から課すのではなく、長期的な視点も持ちながら目標を目指すことで、より多くのメンバーに働きがいを感じてもらえたら嬉しいです。組織や自分としての価値観を伝える前にまずは相手の考えを聞き、対話を通して、相手が納得のいく言葉で解釈できるようにサポートしたいですね。このようなコミュニケーションを、まずは私が始めて、組織全体に広がりカルチャーになっていけば、組織全体に変化が生じるだろうと思っています。
中村:なるほど。相手の言葉や価値観をベースに納得感を作り出すということですね。ありがとうございます。松田さんはいかがですか?
松田:ESSENCEを通して、社会課題解決と資本主義、0か100かというような二項対立を乗り越え、うまく折り合いをつけることが大事だと学びました。特に僕が最も大事にしたいのは現場で実際に働いている人たちです。なので、目指したい理想と現場の事情の間で、70点くらいでもできることから始めるということを、メンバーに伝えていきたいと思っています。
中村:京都信用金庫さんは、ESSENCE参加やソーシャルな会社さんへの出向など、いろんなご経験を積める機会が多いように思います。折り合いをつけることを目指すためには、さらにどんなことが必要だとお考えですか?
松田:弊社は、社会課題解決に触れる経験を積むための制度はすでに非常に整っていると思います。しかし、社員全員がその機会を得られるわけではないので、僕も含め経験を積んだ人がいかに学びを拡散できるかが重要です。なので、ただ理想を語るだけではなく地元の企業さんだったらどんなことができるのかとか、まずは今の経営にスパイス程度でできることから始めたらいいということをを発信するのが僕に与えられた使命なのかなと思います。
仲間との出会い
中村:ありがとうございます。お二人がリーダー層になるのが本当に楽しみです。これからも応援しています!
最後に、同年代で大企業から参加されていてと共通点が多いお二人ですが、一緒に活動してみてお互いに思うことはありますか?
松田:伊藤くんは、話すこと全部がきらきらしていて、理想に向かって走っていくぜという感じですよね。僕とは考え方が正反対だなと思うような伊藤くんとチームになって、最終的に飲みに行くくらい仲良くなれたのは面白かったです。
中村:同じ空間にいなさそうですよね(笑)。
松田:僕がクラスの隅にいるとしたら伊藤くんが真ん中にいるみたいな感じです(笑)。
伊藤:僕は、ESSNCEの中で松田さんからもとても多くのことを学ばせてもらったなと思っています。ノリと勢いで乗り切るタイプの僕に、冷や水をぶっかけてくれるような感覚で(笑)。でも、その感覚がなぜか心地よくて、「こういう人が近くにいてくれたらいいのに」という存在ができたと思っています。
中村:お二人はたしかに、スタンスとしてはもともと対極的だったのかもしれないですが、他の人がやればいいやと思えない、そこそこでいいやと思っている自分が許せないみたいな考え方を持っているところがすごく似ているなと、改めて思いました。同時に、お二人のような考え方が、今回のESSENCEの大事な要素になったなと思います。
ESSENCE https://taliki-essence.info/
writer
堂前ひいな
幸せになりたくて心理学を勉強する大学生。好きなものは音楽とタイ料理と少年漫画。実は創業時からtalikiにいる。