障害は、欠落ではない。障害のある作家のアート作品をライセンスや商品として展開し、社会に接続する事業とは
インタビュー

障害は、欠落ではない。障害のある作家のアート作品をライセンスや商品として展開し、社会に接続する事業とは

2021-12-07
#福祉・介護

「異彩を、放て。」をミッションに掲げ、主に知的障害のあるアーティストの作品を社会に届ける事業を多数行う株式会社ヘラルボニー。障害のある方々は苦手なこともあるけれど、豊かな感性や大胆な発想、集中力からくる緻密さなどが発揮された作品は素敵なものばかりだ。代表取締役の松田崇弥に、作品のライセンス事業の着想や、双子の兄である松田文登との経営について話を聞いた。

【プロフィール】松田 崇弥(まつだ たかや)
株式会社ヘラルボニー代表取締役・CEO。小山薫堂が率いる企画会社オレンジ・アンド・パートナーズ、プランナーを経て独立。「異彩を、放て。」をミッションに掲げる福祉実験ユニットを双子と共に設立。岩手と東京の2拠点を軸に福祉領域のアップデートに挑む。ヘラルボニーのクリエイティブを統括。日本を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN」受賞。日本オープンイノベーション大賞「環境大臣賞」受賞。

知的障害のイメージを変えるためにアートを

―事業概要を教えてください。

私自身、4歳上の兄貴が知的障害を伴う自閉症だったという背景があり、昔から知的障害がある方々の置かれている立場に違和感を感じていました。「障害があって可哀想」とか「兄貴の分まで一生懸命生きろよ」という言葉を聞いて、「兄貴も楽しそうに生きているのに」と思っていたんです。そういった社会的なバイアスがかかってしまう知的障害のイメージを変えることに大きな興味がありました。

それで3年前に株式会社ヘラルボニーを設立しました。私たちが行っているのは、全国の福祉施設などでアート活動をされている作家とアートライセンス契約を結んで、その作品のアートデータを活用していくビジネスです。アートデータを自社ブランドとして展開したり、企業にライセンス展開を行っていたり、まちづくりに活用していただいたりしています。現在では全国の30以上の福祉施設、作家と契約をしていて、2,000点以上の作品を運用しています。

 

―障害のある方のイメージを変えるためにアートという手段を選んだのにはどういった経緯があったのでしょうか?

アートに固執しているわけでは無いのですが、最終的には知的障害のイメージを変えることを成し遂げたいと思っていて、アートであればその効果が大きく現れるのではないかと思ったからです。例えばうちの兄貴であれば、普段の生活の中でこの時間にこれをやろうというルーティーンが結構あるのですが、それが作品にも現れてくるという傾向があります。ひたすら丸や数字を羅列するとか。もちろんそうでない方もいらっしゃいますが、「知的障害がある方だからこそ描ける」とブランディングを強めて発信できると思ってアートをきっかけにしました。

 

契約作家の高田祐さん(自然生クラブ在籍)

 

作家ファーストで事業を進める

―所属している作家さんとはどのように関係を築いていますか?

昔はこちらで調べて施設にお伺いしていたのですが、現在は作家さん側からお問い合わせをいただいて、面談をしてお互いに「ご一緒したい」となれば契約へと進む流れになっています。コミュニケーションにおいては、施設に足を運ぶことを何よりも大切にしています。施設や作家さんごとに社員の担当者がおりますし、逆に施設の方もヘラルボニーとのやり取りを担当してくださる方をつけてくださっています。

何よりも作家を優先するということを社内で決めていて、例えば納期に作品が間に合わないという可能性があった場合、施設や作家さんを急かすことはせず、私たちがクライアントに謝りに行くようになっています。こういった状況に万が一なった際の細かい対応を決めておくことで、作家さんを最優先で対応できています。

 

―お互い「ご一緒したい」となる、契約に至るのはどのような場合なのでしょうか?

福祉施設や親御さん、そして作家さんご本人が社会と繋がりたいんだけれど、なかなか自分たちだと難しいという場合です。作品が素晴らしいから契約するということはなくて、施設やご本人の意思を尊重しています。私たちも作品を拝見し、一緒にできる可能性があるなと思えば、契約に至ります。お互いが求める度合いが一致していることが重要かと思います。私たちが間に入ることで、社会と繋がりたいという願いを叶えられる状態になっていけばいいですね。

 

―福祉施設が、利用者さんの作ったものを販売しているというところもあると思いますが、どういった違いがあるのでしょうか?

障害のある方が数時間かけて作った作品が500円で売られているのを見たことがあります。とても安価ですが、私はこれを悪いことではないと思っていて。というのも、福祉施設の職員の方々は、専門学校や大学で福祉の勉強をされてきた方々が多く、商売をするための勉強をしていたり、そのためのスキルセットを持っているわけではない。職員さんに専門分野でないことまで求めるのは難易度が高いなと。そういう意味では、作家さんの素晴らしい作品がある中で、福祉施設が頑張って売らなきゃいけないし、制作者である作家さんの賃金が低いという問題も発生しているという現在の構造自体が課題だと思うんです。そこにヘラルボニーが介在することで、作品をフェアに世の中に出していける状態が作れたらいいなと思っています。

工事現場の仮囲いへのライセンス展開

 

―ヘラルボニーと契約されて、作家さんやそのご家族の生活などに何か変化はありましたか?

契約している作家さんで、1つのプロジェクトで1人の作家さんに25万円のライセンスフィーが還元された実績があります。。就労支援B型施設の平均月額工賃である1万6,118円、年収にして20万円弱*と比べると経済的なインパクトが強いかなと思います。

*平成30年度工賃(賃金)の実績について(厚生労働省):https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/000571834.pdf

一方で、障害のある方の中には1,000円でも10万円でも価値の違いを感じないから、収入の増加があまり幸福感に繋がらないという方もいらっしゃいます。そこで私たちは出来上がった商品を必ずお渡しするようにしています。自分の描いた作品がものになったというところで、物理的な感覚で幸福を感じていただきたいからです。アーティストさんの親御さんからお手紙をいただく機会も多いのですが、「出来上がった商品を手に取って、ヘラルボニーの一員になった実感が湧きました」というようなお声がありました。

 

ライセンス事業の着想は過去の経験から

―ライセンス事業はどのように着想されたのでしょうか?

ライセンス事業に関しては、起業前から構想がありました。以前私は広告の企画会社で働いていて、キャラクターライセンスの仕事を少しだけしたことがあったんです一概には言えないですが、知的障害をはじめとする障害のある方々が納期を守っていくつも作品を作って売っていく従来のアートビジネスは、少し難しいやり方なのかなと思っていて。ライセンスビジネスであれば、一度素晴らしい作品ができれば、それをデータアーカイブして一生展開できるし、作家さんにもお金が入り続けるモデルなので、可能性があるなと思って立ち上げました。

 

―ライセンス事業をやる上で障壁となったことはありますか?

最初の1年くらいは、本当に仕事がなくて。そこで、自分たちから世界観を発信していかないといけないんだと気づきました。それまですでに完成したキャラクターの運用をしていたので、案件が自動的に入ってくる状態だったんですね。でもヘラルボニーは始めたばかりでまだ世の中に世界観が伝わっていない。1→10と0→1の違いを感じました。自社でブランドを立ち上げて世界観を発信するようになって、ライセンス事業も軌道に乗り始めたので、この構造に気づけて良かったなと思います。

 

 

自社ブランド「HERALBONY」を京橋 BAG -Brillia Art Gallery- に展開

 

双子で起業するということ

―松田さんは双子のお兄さんと起業されていますが、実際に事業を進めてきていかがですか?

私はもともと広告の企画会社で働いていたのでヘラルボニーでもクリエイティブまわりを担当しています。兄の文登はゼネコン出身で、営業を担当しています。お互いに前職での経験やスキルを活かしながら、役割分担してやって来れているかなと思います。双子なので、利害を度外視して腹の底から意見をぶつけ合えますし、そういう意味では双子で事業をやるのはとても良いと思います(笑)。

 

―お二人ともサラリーマンをされていたと伺ったのですが、どのように事業を始めたのか、起業までの経緯を教えてください。

2人でずっと福祉という領域で何かやりたいという話はしていました。それに加えて、私も30歳になるまでにはキャリアチェンジしたいなとぼんやり考えていたんです。それで、27歳のときに「今やりたいな」と思って始めました。最初の1年間はお互いに副業という形でブランドをやっていましたが、やっていくうちにもっといろいろな展開ができるのではないかと感じて、会社を辞めて起業し、事業に集中することにしました。

 

―周囲の反対や心配の声もあったかと思いますが、それでも事業を進めてこられた要因は何だと思われますか?

やりたいという気持ちや折れない心を持っていることかと思います。自信があるわけではないけれどやり切れるのは、私も文登も「なんとかなるだろう」と思っているからかなと。毎日、決断の連続で大変だなと思うこともたくさんありますが、有難いことに両親をはじめとする色んな方々に愛されて育ってきたという自負があり、自己肯定感の高さが下支えの土台になっている気がします。

左から副社長の文登さん、兄の翔太さん、崇弥さん

 

福祉のインフラになっていきたい

―今後の展開や目標を教えてください。

短期的なビジョンとしては、知的障害のイメージを変えたいです。正直、「障害は個性」という言葉で片付けられないと思っていて。たとえば私の兄が一生懸命勉強に励んでも、それはある意味で健常者目線の「普通」に近づけようとすることになるので、限界があるんです。そう考えた時に、障害があることによって「できない」部分があることは事実だと思うんです。でも、劣っている部分だけじゃなくてすごく光る部分もあるんだということを社会に伝えていきたくて。今はその光っている部分がまだ磨かれておらず、隠れてしまっていると思うんです。そこをヘラルボニーで摩擦をかけていくことで、社会の人が生活の中で知的障害をはじめとする障害がある方に出会った時に「あの人も実はすごい部分があるかもしれない」と思えることが当たり前になればいいなと思います。

長期的には、知的障害がある人の福祉のインフラになれる会社になりたいと思っています。アートだけでなく、もっといろんな分野で、生き方そのものが変わっていくような仕組みや構造を作っていければと思っています。

 

コーポレートサイト https://www.heralbony.jp
ブランドサイト https://heralbony.com/

 

    1. この記事の情報に満足しましたか?
    とても満足満足ふつう不満とても不満



    interviewer

    掛川悠矢

    記事を書いて社会起業家を応援したい大学生。サウナにハマっていて、将来は自宅にサウナを置きたいと思っている。

     

    writer

    細川ひかり

    生粋の香川県民。ついにうどんを打てるようになった。大学では持続可能な地域経営について勉強しています。

    • ホーム
    • インタビューの記事
    • 障害は、欠落ではない。障害のある作家のアート作品をライセンスや商品として展開し、社会に接続する事業とは

    関連する記事

    taliki magazine

    社会課題に取り組む起業家のこだわりを届ける。
    ソーシャルビジネスの最新情報が届くtalikiのメルマガに登録しませんか?