植物性食品だけを使用した食品サービス。環境への貢献だけでなく利便性や健康も追求
インタビュー

植物性食品だけを使用した食品サービス。環境への貢献だけでなく利便性や健康も追求

2021-11-30
#食 #環境

地球とカラダに優しい冷凍プラントベースフードが自宅に届くサービス『Grino』を展開している細井優。会社員時代に健康に対する危機感を感じ、食領域での起業を決意。その後2020年に現在の事業を開始した。動物性食品と環境問題の関係や、事業を通じてどのように課題解決に挑むのかを聞いた。OEM先との関係や、サービスを広く一般に浸透させるためのサービス設計にも注目した。

【プロフィール】細井 優(ほそい ゆう)
1983年生まれ、東京都豊島区出身。2008年にAppleに新卒で入社し、主に顧客体験に責任を持つチームでプロジェクトマネージャーとして働く。2010年にiPadが日本に来た際のローンチが一番印象的だったという。2016年に企業向けサラダデリバリーサービスを立ち上げ起業。10歳の娘と6歳の息子を持つ父親。

健康と環境を気遣う宅食サービス

ー現在取り組まれている『Grino』の事業について教えてください。

急速冷凍したプラントベースフードを届ける宅食サービスです。現在のメニュー数は11種類で、どのメニューにも動物性食品は一切使っていません。例えば「こく旨濃厚バターチキンカレー」は名前こそバターチキンですが、バターもチキンも使用せずにバターチキンの味を目指したカレーになっています。他にも韓国のキンパや中華の麻婆豆腐、洋食のグラタンなどを取り揃えています。普段の食事に取り入れやすいものや、食べてみたいと思ってもらえるようなメニューを、環境負荷の低い植物性食材で実現しています。また、単品販売だけでなく頻度をお選びいただける定期コースも用意しています。

 

ーどのようにしてこのサービスを着想されたのでしょうか?

Appleにいた時は割とハードな働き方をしていたのですが、僕の4つ年上の同僚が狭心症になってしまったんです。食生活の乱れで、血液が脂っこくなり、血管の中にこぶができてしまう症状で、根本から病気を治すためには食事を見直さないとダメだということでした。4年後に自分もこうなったらまずいなと思ったのと同時に、お金はそれなりに稼いでいるし、オフィスも都会の良いところにあるとはいえ、忙しく働いた結果不健康になってしまうような状況が果たして望ましいのかと疑問に思いました。そこで、企業向けに健康的な食事をお届けする福利厚生サービスを2016年に立ち上げました。

プラントベースフードに着目するようになったのは、妻が受講していたエシカルコンシェルジュ協会の講座をチラ見したのがきっかけでした。普段の食事がどのように出来上がっているかというプロセスが説明されていました。それを見て、食べることによる環境への負荷をすごく感じて。さらに、Netflixのドキュメンタリーでも食事と環境問題の関連性を痛感する機会がありました。これらが僕の中できっかけになって、環境問題に取り組みたいな、そして食の領域で何かできればいいなと思うようになりました。2020年10月に『Grino』の立ち上げを決意し、レシピ開発や試作といった準備を進めて、今年の6月に商品の販売をスタートしました。

 

僕らは未来の世代の地球環境を前借りしている

ー環境問題に対してのお考えを聞かせてください。

資本主義が完全に成立した今の世の中には、幸せだと思えないようなことも多々生まれてきていて、環境問題はその中の一つだと思っています。資本主義を否定するわけでは全くないのですが、もう少しカスタマイズされた在り方になると良いなと思っていて。資本主義って、ヨーロッパでの王や領主による封建制を市民が革命によって打倒して、個人の財産権や経済活動の自由が保証されたという大前提の元に成り立っています。なので、自由と公平性の象徴みたいな素敵な部分もあるなと思っていて。一方で効率性が極まり、人類至上主義が行き過ぎた結果、特に人間にカスタマイズされた地球になってしまっているのではないかという課題感があります。資本主義によって経済は間違いなく発展したものの、相関するように地球環境が悪化してしまっているのを感じます。

 

動物性食品と植物性食品ではどのくらい環境への負荷が異なるのでしょうか?

ハンバーガーを1個作るのに、3,000Lの水が必要だと言われています。何もキッチンでこれだけの水を使用しているわけではなく、牛肉になる家畜を育てて、その家畜が食べる飼料を育てて…といった一連のプロセスで結果的にこれだけの水が使われているという意味です。なんと全世界の淡水量の27%が畜産動物の飼育に使われているというデータもあります。ハンバーガーってとても手軽でみなさん何気なく食べていると思うんですけど、その利便性の背景には地球を酷使している状況があります。

また、面積あたりの生産性の差も大きいと言われています。600平米あたりの生産量を重量ベースで割り出すと、植物性の食材が17t取れるのに対して、畜肉になると170kg程度しか生産できません。アマゾンでは、1秒間にサッカーコート1.5面分の熱帯雨林が伐採されています*。これは木が必要だからではなく、家畜を飼育する土地や飼料を生産する土地を拡大したいからです。なので、同等の量を食べようとするとかなりの面積と水が余分に必要になることがわかると思います。

*CNN:https://www.cnn.co.jp/world/35139449.html

地球上には700億頭の家畜がいると言われています。哺乳類に限定するとその96%程度を人間と家畜が構成していると言われていて。これって大きな偏りですよね。生物多様性がかなり減ってきています。さらに偏りの話をすると、世界中で収穫される穀物の半分以上が家畜の飼料として供給されているというデータがある一方で、飢餓に苦しんでいる人が8億人もいると言われています。

意識せずに行っている普段の食生活が結果的にこういった環境問題につながっているというのはご理解いただけたかなと思います。効率性や暮らしやすさを求めた結果、環境に負荷がかかった状態になっている。ここに対して我々はこれまでの生活とは違ったライフスタイルを提供したいなと思っています。

 

ーHPなどで次世代に環境問題を残したくないという想いを拝見しました。そこについてもう少し詳しく教えてください。

僕は今38歳なのですが、これまで環境問題はほぼ意識せずに自分のしたいような暮らしをしてきました。しかし、僕の子どもたちの世代は、常に環境を意識した生活をこれから50年60年とやっていくことになると思うんですね。世代間の不公平さっていうのはすごく大きいなと思っています。どちらかというと彼らに対しての一種の禊みたいな捉え方をしている部分もあります。

重ねて、作家サン=テグジュペリの言葉で、僕の考えにすごく近いなと感じるものがありまして。「地球は先祖から受け継いでいるのではない。子どもたちから借りたものだ」という言葉なんですけれども。僕らは未来の世代の地球環境を前借りしているという感覚で生きているので、将来の環境に対して何かできないかという気持ちが『Grino』立ち上げの原点になっています。

 

直接的・間接的課題解決を

ーこういった課題に対して、『Grino』はプラントベースの食事での課題解決を図っていますが、こだわりはありますか?

大きく3つあります。1つ目が環境負荷の低い植物性食品のみを使った食事を開発・製造・販売していることです。そしてこれを一部の意識の高い人だけでなく、社会全体に浸透させていく必要があると考えています。なので、環境のためという打ち出しではなく、健康のためや利便性というニーズに寄り添ってサービス提供しているのが2つ目のこだわりです。3つ目として、商品代金の1%を環境保全団体に寄付するという形でわかりやすく環境問題に取り組めるようになっています。

 

ー具体的に『Grino』の食事にすると、どのくらい環境に優しいのでしょうか?

日本人の平均的な肉類摂取量というのが、1日あたり男性で90g後半、女性だと70g台だと言われています。この肉類摂取量をそれぞれ植物性食品に変えた場合、100g~145g程度の 温室効果ガスを削減したと同等の行為になるという計算式があります。週に3食プラントベースフードの食事に置き換えた人が1年間生活をすると、600kgのCO2削減、370,000ℓの水の節約、4000平米の土地を守ることにつながると言われています。

また、坂本龍一さんが代表を務める一般社団法人more treesに商品代金の1%を寄付しています。1,000円の寄付で日本国内の森林の20平米の整備もしくは海外に1本の植林ができるようになっています。最近は企業向けに福利厚生型サービスの提案なども始めているのですが、企業だとご利用になるボリュームが大きくなると思うので、例えば「1ヶ月に社員が1,000食食べて、国内の森を180平米整備するのに貢献しました」と明確に言えるようになります。SDGsに取り組みたいけれど何をすれば良いか分からないといった企業の方々が、従業員向けの福利厚生サービスを提供していたらいつの間にか環境問題にも取り組んでいましたという状況を作れるのではないかと思っています。

 

ー食品以外の包装や配達などで環境に配慮している点はありますか?

パッケージはかなり簡素になっています。例えばパンフレットは同梱せず、箱を開けると包装紙に包まれた商品のみが入っています。どういう方針でサービスをやっているかはなるべくお伝えしようと思っていますが、必要以上の紙を使わないようにしています。あとは名刺にバナナペーパーを使っているといったちょっとした取り組みですかね。一方で、冷凍商品のパッケージはプラスチック以外の選択肢が少なく、あったとしても高額であるという課題からまだプラスチックなんですよ。そこはかなりジレンマを感じています。今後改善していきたいポイントですね。

 

プラントベース食品のみを扱うことが強みに

ーサービス利用者はどのような方ですか?

性別や年齢、お住まいの地域による偏りはそこまでないかなと思います。開始する前は30代の女性がメインになるのかなと思っていましたが、予想以上に30~40代の男性に購入いただいています。購入者の男女比は半々くらいです。お話を聞いてみると、ご自身の健康のためであったり、ある男性は、お子様のお弁当作りを担当されているそうなのですが、Grinoの作り置き食材があることで、毎朝時間がなくて大変だったところに余裕ができて助かりますとおっしゃっていました。

ただ、菜食情報を発信しているInstagramアカウント「菜食のチカラ」のデータを見ると、30代女性が突出していて、男女比も3:7くらいになっています。なので、菜食に興味があって情報収集を積極的にされているのは女性が多い傾向にあるけれど、実際に商品を購入して実践しているのは意外と男性も多いんじゃないかというギャップを知れて興味深いですね。

 

ー動物性食品と比べて、味はどうなのでしょうか?

動物性の食材を使った食事と比べると、実際違いはあります。例えばミルクを使うことで演出できるまろやかさや、お肉のインパクトのある風味などがそれにあたります。なので今の段階では、できるだけそれらに近づけようと開発しています。大豆ミートも日本国内にメーカーが何社かあったり、海外のものも入ってきていたりするので、そうした素材を生かして既存のレシピや商品にマイナーチェンジを加え、クオリティを高めているところです。

あとは、相談させていただいているシェフたちの中でも、知識やノウハウの革新が日々起きていて、どうやったらプラントベースでも美味しいものが作れるかという議論が行われます。ただ、必ずしも動物性食品の味に近づける必要はないと考えていて、野菜そのものの風味や食感などを楽しんでいただけるように更なる味の向上に取り組んでいます。その点においては、高熱で加工処理をするレトルトの商品と違って、素材の原型を留めたままご提供が可能な冷凍食品であるというのは大きな利点になっているのではないでしょうか。「8種のゴロゴロ野菜カレー」や「かぼちゃとトマトのもちもちペンネグラタン」はまさに野菜の美味しさをご提供できている良い例だと思います。

 

ーどういったサービスを競合だと捉えていますか?また競合サービスとの差別化ポイントを教えてください。

他の宅食サービスは競合になると思います。その中で我々はプラントベースフードのみを取り扱っているのが強みです。ここまでの話で環境への負荷についてお伝えしてきましたが、実は食肉は、我々人間の健康への負担にもなるんです。例えばWHO(世界保健機関)は、加工肉や赤身肉を発がん性リスクのある食材に分類しています。肉そのものというよりは加工肉に使われている保存料や塩漬けにする過程に良くない面があるんです。赤身肉と加工肉の1日あたり摂取量約76gを食べる人は、1日あたり約21g食べる人よりも大腸がんを発症する可能性が20%高くなるというデータ*も出ています。食肉には糖質の低さなどの良い部分もありますが、知らないうちに発がん性リスクを高めている可能性もあって。同様に、赤身肉の食べ過ぎは糖尿病の発症リスクを高めるというデータ**もあります。健康のことを考えると肉を食べることは悪いことじゃないけれど、その摂取量は多くない方が良いんだろうと思いますね。僕らの場合は、プラントベースの食品のみを使用していますし、その上で美味しいレシピ開発ができるようになってきている部分が他社のサービスとの違いかなと考えています。

*海外がん医療情報リファレンス:https://www.cancerit.jp/62618.html
**Medical Tribune:https://medical-tribune.co.jp/kenko100/articles/130621527272/

また、レストランなどのサービスも比較対象になってくるかと思います。「今日は料理をするのが大変だから、外で食べるか、それともGrinoを使おうか」というように。なので、僕たちは植物性食品しか使っていませんが、他の飲食サービスと比べても遜色ない美味しさを目指しています。

 

OEM先とwin-winの関係で、納得の企画開発を実現

ーメニューを決める基準や、企画から商品化までの流れを教えてください。

全国にやりとりしているOEMの企業が4社ほどあるのですが、それぞれが強みを生かしてレシピの提案をいただいています。そして提案していただいたものを全てプラントベースで作っていただき、それを試食して食べ比べ、メニュー化できるものの商品化を進めていく流れになっています。メニュー化の判断は、普段自宅で食べやすいものか、逆にプラントベースで自宅で作るのは少しハードルが高いようなものかみたいな部分を見ています。現在開発中のものが15種類あり、このあとさらに絞って商品化を目指す予定です。

 

ー保存料・合成着色料不使用というこだわりもありますよね。

このあたりもシェフとOEM先の企業さんに相談しています。植物性食品のみを使用し、保存料や合成着色料は使わないでほしいというリクエストは、レシピを考える際の縛りになってしまいます。一般的なシェフの方々は普段は「お肉を使わない」「ミルクを使わない」という縛りを設けずにお料理を作ってらっしゃるので、前提が全く違う感覚で調理をしてくれているんですよね。ベジタリアンのシェフの方にお願いしているわけでもないので、これまでの知見をそのまま活かせるわけではない。また、OEM先の企業のみなさんも、彼ら自身で食材を用意しているわけではないので、そこに商品を卸している商社さんにも相談しながら、食材や調味料を選定してくれています。

加えてコストの制約もありますが、だいたいこれくらいの価格帯で作りたいという風に相談させていただいて、その範囲の中で可能な限り美味しく仕上げていただいています。僕らも利益率をある程度我慢しているところもあるので、なかなか難しいですけど、サービスを広めていくための商品設計として現在の値付けになっています。

 

ーここまでお伺いしていると、OEM先との連携がとても上手く言っているなと感じました。そもそもどうやってOEM先を探されたのでしょうか?

開発初期から関わってくださっている冷凍のスペシャリストである西川剛史さんが、実はOEMの企業さんにも詳しくて。彼が日本全国にネットワークを持っていて、僕が無理難題を言っても「この会社さんならいけそうだ」という候補をご紹介くださいました。そのあとはそれぞれの企業さんに対して誠意を持って相談させていただく形です。

面白いなと思ったのは、日本各地にあるOEM企業さんって、実は新たなビジネスチャンスを模索しているということです。例えば明治時代からずっと魚の煮付けを作ってきた企業さんなんかもあって。ただ最近の若者ってそんなに煮付けを食べないですよね。10年20年先のマーケットを考えると、新しい食材に取り組むことが必要だと思っている企業さんが多いし、その機会を見つけようとしていると仰っていたのが印象的で。なので僕たちのプラントベースフードをお願いするのは、win-winな状態を作ることに繋がるんじゃないかと思っています。

 

サービスを通じて将来世代の役に立てれば

ー今後の事業展開について教えてください。

商品代金の一部を寄付しているというお話をしましたが、寄付先の選択肢を増やすことがまずできれば良いなと思っています。植林だけではなく、他の選択肢を設けることで、個人や企業が食べるという行為を通じてどのように環境に貢献していくか選べるようにしていきたいです。

あとは有機農法に興味がありまして。有機農法というと農薬を使わないから健康に良いというイメージが強いかと思いますが、実は土壌に対する効果も大きくて。化学肥料や農薬は土の中にいる微生物を減少させてしまうんですね。でも微生物は本来、大気中にある二酸化炭素を土壌に固定するような役割を担ってくれています。つまり農業を通じて大気中の温室効果ガスを減らすことができるんです。慣行農法で土壌が弱った状態で農業をやってもそれはできない。こういう観点で考えると、有機農業の耕地面積が増えていくのは環境のためになるなと思っていて。なので、僕らが有機農業の農家さんから野菜を購入して商品化していくことで、エコシステムを作っていきたいです。

 

ー最後に、事業を通じて実現したい社会について改めてお伺いできればと思います。

世代間の不公平を無くす。自分たちの次の世代、さらにその次の世代に対して役に立てる事業をしている、と言い切れる状態にしていきたいと思っています。今後何をするにしても、果たして次の世代のためになっているのかという部分を判断のベースにしていきたいです。事業を通じて子どもや孫の世代の役に立てたなと思える日が来ると嬉しいですね。

Grino HP https://grino.life/

 

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    interviewer

    掛川悠矢

    記事を書いて社会起業家を応援したい大学生。サウナにハマっていて、将来は自宅にサウナを置きたいと思っている。

     

    writer

    細川ひかり

    生粋の香川県民。ついにうどんを打てるようになった。大学では持続可能な地域経営について勉強しています。

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