障がいへの理解を促し、真のノーマライゼーションを目指す。障がい者支援者向けeラーニングの展開
障がい福祉施設での虐待の1番の要因は”知識不足”である。しかし現状ほとんどの施設で研修制度が整っていない。この課題に対して取り組むのが、株式会社Lean on Meである。代表の志村駿介に、障がい福祉施設の現状や、どのように企業や行政と手を取り合っていくのかについて聞いた。
【プロフィール】志村 駿介(しむら しゅんすけ)
株式会社Lean on Me代表取締役。ダウン症の弟の存在から障がい福祉の分野に興味を持ち、2014年に創業。「障がい者にやさしい街づくり」をビジョンとして、障がい者支援者向けのeラーニング事業Special Learningを展開している。学生時代はテニスに本格的に取り組み、大阪体育大学に進学。1990年生まれ。
もくじ
”知識不足”から起きてしまう施設での虐待
—現在の事業について教えてください。
障がい福祉サービス事業所という障がい者施設で働く職員さん向けに、Special Learningというオンライン研修プログラムを提供しています。福祉業界には福祉の専門学校や大学の福祉学部を卒業された職員さんは実はそんなに多くなくて、例えば子育てをしているパートの主婦の方やフリーターの方、定年退職された高齢の方などが多く働かれています。僕たちが提供するオンライン研修は、福祉を勉強したことがない非常勤職員さんや新人の方に主にご利用いただいています。
—どのようなきっかけで起業されたのですか?
僕は母子家庭で弟がダウン症という家庭環境で育ちました。大学3年生くらいの時に自分の家庭環境をふと振り返ってみて、このまま社会人になったら、家族に万が一のことがあったときに経済的に助けてあげられるのかなと不安になったんです。母も弟もずっと元気でいられるかわからないし、自分がいつでも助けてあげられるように経済的に余裕のある大人になりたいと思って、経営者の道を選ぶことを決めました。
加えて、僕は普段感情的になることは滅多にないんですが、弟に何かあったときだけは感情的に怒っていたなということに気がつきました。自分の人格を形成する大きな軸に弟の存在があることから、障がいのある方との付き合い方、配慮の仕方を伝えていくことに自分の生まれてきた理由があるのではないかと使命感を抱き、障がい福祉の分野で事業をするに至りました。
—そこからどのように現在の事業の着想を得られたのでしょうか?
起業する前に障がい者施設の現場でアルバイトとして働いたんですよね。そこで、出勤したらまず「仕事内容は現場で覚えてください。わからなかったら先輩職員に聞いてください。」って言われて。でも、先輩職員さんもみんな忙しそうで声かけられる雰囲気じゃなかったんですよ。だからといって1日の流れもわからずぼーっと突っ立っていたら、”できないやつ”というレッテルを貼られてしまいます。
全国的に障がい者施設では、職員の方への研修制度があまり整っていません。僕のように「現場で覚えて」と言われたり、施設の代表者の方が外部研修に参加し、もらった資料を施設内部に共有する形で研修を実施されている施設がほとんどです。
やる気も想いもあって現場に入ったのに、学ぼうにも学べないという環境で、やる気がある若い職員が入ってもどんどんこの業界を嫌いになってしまうなと思ったんです。先輩職員に迷惑をかけず自分のペースで障がい者支援について学べるものがあればいいのにと思ったことが、サービスの着想に繋がりました。
—「学ぼうにも学べない」という環境は、障がい者支援にどのような影響を及ぼしているのでしょうか?
障がい福祉施設での年間の虐待通報件数は約2800件にものぼります。実は、厚労省の報告によると、障がい者施設での虐待の1番の要因が”知識不足”なんです。自分がやっている支援が虐待に当たるということを知らなかったというケースが非常に多い。例えば、手足を抑えるのは身体拘束だとみなさんわかると思いますが、障がいのある方が暴れてしまったときに部屋の鍵を閉めることも身体拘束に当たります。また、「◯◯をしなかったら好きなものを取りあげるよ」とか、「悪いことをしたからご飯抜きね」というようなコミュニケーションは、心理的虐待に当たることもあります。日常的にありそうなやりとりも実は虐待に該当するというケースがとても多いですね。なので、僕たちは知識不足による虐待を防ぐために、研修を通じた知識のインプットの必要性を感じています。
好きなコンテンツをスキマ時間に学習可能に
—Special Learningのコンテンツについて教えてください。
現在は、700本以上の動画コンテンツを視聴いただけます。例えば、知的障がいのある方に対しての挨拶の良い例、悪い例が学べるコンテンツや、アセスメントや個別支援計画などと呼ばれる障がい福祉の業界で用いられるマニュアル資料についてのコンテンツなどがあります。他にも、障がいのある方の性の自立支援など、幅広いテーマにおける基礎的な知識をカバーしています。
—職員の方の学びやすさをサポートするような工夫はあるのでしょうか?
まず、コンテンツはどれも3分程度と短く、スキマ時間を利用して手軽に見ることができます。また、各コンテンツの難易度を星の数で示したり、タグで検索できるように設定したりすることで、研修を受ける方にとって受け入れられやすくなっていると思います。例えば、困ったときに調べられるようにキーワードによる検索はもちろんのこと、自閉症など障がいの特性ごとや、視聴対象となる学習者の習熟度を★マーク3段階で表示してあるので、自身のレベルごとに検索することが可能です。自分の課題に合わせて好きなコンテンツを選び学んでいくことができます。
コンテンツやサイトの設計に加えて、事業所ごとにコンテンツ視聴の習慣作り、運用方法のアドバイスなどもしています。例えば、宿泊・居住型のグループホームなどでは、利用者さんが寝た後にみんなで視聴する時間を設けたり、日中通所型の施設では午後3時半くらいに利用者さんが帰られた後にみんなで10分間視聴してフィードバックしあったりするなどの運用方法を実施してもらっています。
—コンテンツはどのように作られているのですか?
知的障がいの分野の専門家の方にご協力いただいたり、映像制作のプロにチームに入ってもらったりして作っています。現在、30人以上の専門家の方が関わってくださっていて、この専門性の高さが僕たちの強みでもあります。また、元々テレビ局で放送作家をしていた方が現在コンテンツの責任者を担っていたり、制作会社からもメンバーが参画していたりと、映像制作のプロでコンテンツチームが構成されています。
研修不足の現状を変え、施設のサービス向上を目指す
—現在どのくらいの方が利用されているんですか?
約1400施設、37,000人くらいの職員の方々にご利用いただいています。2016年のリリース以降、コンテンツを増やしながらいくつかの施設で検証を行っていました。その後、2019年5月ごろから全国に広げていくために営業を強化していき、2020年3月には1800人くらいの職員さんに使っていただいていました。そこで新型コロナウイルスが流行し、非対面型研修のニーズが高まると同時に、IT利用機会が強制的に増え、一気に導入が広まりました。
—施設の方には導入にあたりどのような訴求をしているのですか?
前提として、福祉の業界にいらっしゃる方々は、利用者の方により良いサービスを提供したいと考えています。しかし、研修をしている人的資源・時間的猶予がなく、目先を回していくのが必死で、お金をかけて研修をするという意識に向かえないというのが現実です。一方で、公益財団法人として奉仕の精神のカルチャーが基本になっている施設が多いので、利用者さんへの質の高いサービスや生きづらさの解消、虐待ゼロ、そのための人材育成の重要性、といった文脈で、いかにお伝えできるか、が肝になると考えています。なので、先方の研修計画作成や、人材育成の課題そのものに耳を傾けた提案が重要になってきます。また、障がい福祉サービス制度には、それを後押しするような加算(事業所へ支払われる報酬の上乗せ)の仕組みがあり、研修やキャリアパスといった従業員の「処遇」を充実させることも対象となるため、その活用を一緒に検討させて頂くようなスタンスで、お話させて頂く場合もあります。
障がい者支援は、関わる人によって支援にばらつきがあると本人さんが困ってしまうので、チームとして共通認識を持っておく必要があります。「この障がい特性はこういう傾向があるからこういうふうに接したらいいよね」というような議論をするためには、全員が前提知識を持っていないといけません。なので、「ほとんどの職員さんが研修を受けられていない現状を変えることが、利用者さんにより良いサービスを提供するためには必要ですよね」ということをお伝えしています。
—コロナ禍以前は特に、福祉施設にオンライン研修を導入することに対して、現場の方の抵抗はなかったのでしょうか?
前提として福祉業界はITリテラシーがあまり高くはないですが、実際みなさんスマホを使ってLINEをしたりゲームをしたりされています。だからリテラシーの低さよりも、オンライン研修に対するモチベーションの低さや食わず嫌いが導入のハードルになるケースが多いのではないかと思います。そこで僕たちは、同じような規模の事業所での導入例を紹介することで、周りもやっているからできそうと思ってもらうという切り口で、営業を進めていきましたね。
—実際に導入している施設の方からは、どのような声が届いていますか?
高齢者介護から障がい者支援の業界に移動してきた方には、不安を持ちながら手探りで支援をしてきたけど、Special Learningを受けることで、不安が解消され支援者としての役割を理解できたと言っていただきました。他の方からは、自分がやっている支援が虐待に当たる行為かどうかを意識して支援することができようになったというお声もいただいています。また、施設の責任者の方からは、今までは全職員に研修を実施する時間の確保が難しかったが、オンラインでスキマ時間に学習できるため研修が可能になったということを評価いただいています。
合理的配慮を企業や行政でも推し進める
—ノーマライゼーションは、「障がい者や高齢者などがほかの人と平等に生きるために、社会基盤や福祉の充実などを整備していく考え方」ですが、志村さんはどのような状態が理想だとお考えですか?
障がいのある方に対して、差別をしないというような意識から、障がいの有無に関わらず変わりなく接しようと思っている方も多いと思いますが、僕たちは”普通に接する”だけでは不十分だと思っていて。万が一何かあったときに、助けてあげたりとか対応できたりするような知識を持った上で、”普通に接する”ことが重要だと考えています。これが僕たちが考える“真のノーマライゼーション”です。
2016年に障害者差別解消法という法律が施行され、「障がいのある方が社会に適応していく必要がある」というような考えから、「社会側が障がいのある方に寄り添っていこう」というルールに変わりました。障がいのある方に配慮していくことは、合理的配慮と呼ばれています。合理的配慮は、困っているということを見つけること、そして助けることの2段階になっていると言われていて。例えば、車椅子の方が段差の前にいたら困っているなってわかりやすいじゃないですか。でも、知的・発達・精神障がいなどがある方は目に見えて障がいがわかるわけではないので、知識がないとそもそも彼らの困りごとを見つけるのが難しいんですよね。だから、社会全体が障がい特性を理解し、障がいのある方が困っていることを見つけられるようになることが、合理的配慮には必須だと考えています。
—障がい者福祉施設以外のセクターにはどのようにアプローチしているのでしょうか?
障害者差別解消法は今年の5月に改定され、合理的配慮が義務化されました。義務化に伴い、多くの企業が対応に迫られています。例えば、障がい者の法定雇用率が2.3%以上というルールに対して、障がいのある方を大量に雇用する子会社を作るという形で対応している大企業はよくあります。しかし、このような子会社でも障がいのある方と関わったことがない人が働いている場合が多いので、どう対応したらいいかわからないというケースは多いですね。現在は、このような特例子会社に対して、僕たちのスペシャルラーニングを導入いただいたり、対応マニュアルを作成したりしていて、今後本社にも導入いただくことを目指しています。
また、行政でも対応に困っているケースはよくあります。例えば「知的障がいのある子どもが生まれたから制度を理解したい」と親御さんが窓口に来られた場合、そのお子さんの障がいの程度や、制度の種類、何時間利用できるのかなどを親御さんと相談していくことが求められます。しかし、障がい福祉課に初めて来た職員の方は障がい特性やいろんな制度についてご存知ないことがほとんどなので相談対応が難しいです。なので、市の行政と連携しながら職員の方に対して、障がい施設利用の組み合わせ例などをお伝えしたり、制度理解をサポートしたりしています。
知的障がいの子どもを持つ親御さんに安心できる未来を
—今後の事業展開について教えてください。
直近では、企業や行政の方に知識を持っていただくためのサポートに力を入れていきたいです。長期的には、僕たちはIPOを目指しているんですが、IPOをした後には障がいのある方ご本人様向けのサービスをしようと考えています。例えば現在、知的障がいのある方がテニスをしたいと思っても、テニスコートを自分たちで予約するのが難しかったりして、テニスできる環境がないんですよね。施設の中でも本人がやりたいと言っても、「君には無理だよ」とか「いつかできるといいね」っていう感じで一生を終えていくみたいなことがほとんどで。この課題を解決するために、全国のテニスクラブに対して、知的障がいのある方との接し方を伝えていくことで、テニスができる環境を作っていくみたいなことを考えています。また、上場すれば各業界のリーディングカンパニーと連携が取りやすくなるので、他の業界を巻き込んで、障がいのある方を支えるインフラをつくっていきたいなと思っています。
—最後に、事業を通じて目指していきたい社会を教えてください。
僕の母もそうなんですが、知的障がいのある子どもを持つお母さんが安心して死ぬことができる社会にしたいなと思っています。親なきあと問題と言って、子どもがいるから自分も死ねないというような親御さんが多かったり、兄弟が面倒を見続けないといけなかったりという見えづらい社会課題があります。僕らみたいな会社が上場し、親御さんのお金をお預かりして経済面でもサポートしたり、障がいのある方ご本人のQOLを高めるスポーツなどの余暇活動も支援したりしていくことで、知的障がいのある子どもが生まれても未来の見通しを持って育てていくことができるような世の中にしていきたいです。
株式会社Lean on Me https://leanonme.co.jp/
interviewer
細川ひかり
生粋の香川県民。ついにうどんを打てるようになった。大学では持続可能な地域経営について勉強しています。
writer
堂前ひいな
幸せになりたくて心理学を勉強する大学生。好きなものは音楽とタイ料理と少年漫画。実は創業時からtalikiにいる。
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