LGBTのライフイベントに寄り添うプラットフォーム『JobRainbow』の成長戦略とは

就職や転職にあたって、LGBTフレンドリーな職場で働きたいと考えているものの、そうした職場に出会うことができていないというLGBT当事者は多い。こうした情報の非対称性を解消し、LGBT当事者のみならず多様な人材が自分らしく働ける職場を見つけられるよう、立ち上げられたのが株式会社JobRainbowだ。代表取締役の星賢人は、「自分を“社会起業家”だとは思っていない」という。その言葉の真意や、社会課題に取り組む上での考え方、今後目指したいという“レインボープラットフォーム構想”についても聞いた。

【プロフィール】星 賢人(ほし けんと)

株式会社JobRainbow代表取締役。東京大学の大学院でジェンダーやセクシュアリティ、ダイバーシティ経営について学ぶ。大学院在学中の2016年に起業。LGBTフレンドリー企業の求人サイト『JobRainbow』を運営してきた。現在は東京都板橋区の男女平等参画審議会の委員を務めたり、講演や研修、コンサルティングなどを行ったりして多様性あふれる市民が活躍できる社会の実現を目指す。2019年に​​Forbes 30 under 30 Asia「SOCIAL ENTREPRENEURS」部門で選出された。孫正義育英財団の1期生。

インパクトを高めるための、株式会社という形

ーまず起業の経緯を教えてください。

私自身がLGBTのゲイの当事者に当たります。そのことに気づいたのは中学校時代で、当時は「男らしくない」というようなことでいじめられていて1年間不登校で過ごしてきました。自分と同じように悩んでいる人がいるんじゃないかと思い、大学入学時にLGBTサークルを立ち上げました。そこで自分以外のセクシャルマイノリティの方に初めて出会ったのですが、特に仲が良かったのが、高校生まで男性として過ごしてきていて大学に女性として入学をされたトランスジェンダーの先輩でした。彼女は3年生になり就職活動を始めましたが、例えば性別欄で男女のどちらに丸をつけたらいいのか分からない、といったいろいろなハードルを感じて、結局就活を諦め大学も辞めてしまったんです。LGBT当事者としてすごく悔しいと感じたし、社会や企業の側のことも考えると、少子高齢化社会で労働人口が減っていくのに多様な人材が活躍できない社会では未来がないと思うようになりました。全てのLGBTの人が自分らしく働ける社会の創造を目指して、2016年に株式会社JobRainbowという会社を立ち上げました。

 

ー株式会社という形を選んだのには、どんな理由があったんでしょうか?

学生団体を立ち上げたり、NPOのボランティアに参加したりする中で、「インパクトが小さいな」と感じていました。関わる人たちはとても優秀な人たちだったんですが、収益が得られない団体だとコミットできる時間が限られてきます。当たり前ですが自分の生活水準を維持するためには、他に本業として働いている方の比率が上がってしまいますよね。時間もお金もかけて課題に取り組み続けるというのはかなりのモチベーションが必要だし、サステナブルではありません。またもう1つ課題として、「受益者とお金を払う側が一致しない」ということもあります。NPOなどでやるとお金を払うのは国や寄付者で、事業によるベネフィットを受けるのは社会課題を被っている当事者ですよね。これによってお金の払う人たちの意向に従いやすいということが起こります。課題当事者が求めていないようなサービス内容でも、そこにお金を出す人がいる限り改善がされづらいんです。このようにスケールしづらく当事者に求められないものを作ってしまうリスクのあるNPOなどの形ではなく、株式会社という形で事業をやりたいと当時は考えました。

それに設立当時から、今後Purpose(目的)がある会社に資本が集まる時代が来ると考えていました。これまでの時代は資本を集めた人ほど幸せになる、資本主義社会の時代でしたが、資本主義社会が成功した結果、私たちは低価格で品質の高いインフラなどにアクセスできるようになりましたよね。500円もあればコンビニで美味しいご飯が買えるし、水や電気も安く使うことができます。そういう世界ではお金の価値が相対的に下がってきて、体験そのものに価値が移転していきます。例えば商品を購入するときに、利便性や品質は同じでも、環境に気を使った商品が選ばれるようになっていますよね。当時考えていた通り消費行動が変わってきているんです。Purposeを持っているサービスが消費行動に適合していくことで、社会課題解決型の事業が投資を集めやすいマーケット環境になってきていると感じ、しっかり事業成長にレバレッジをかけられるだろうと考えたので株式会社化を選択しました。

ただ、今は考え方が少し変わっていて、寄付活動や福祉の観点で取り組まないと、仕組みや精度の枠からこぼれ落ちてしまう人がいるなと思っています。資本主義の世界のルールで課題解決の仕組みを作り続けるのには限界があって、どこかで歪みが生じてしまうことはあるんですよね。今はまだ小さな会社で、カバーする網の目が大きくなって助けこぼしてしまう人が出てくるとしても、より広く網をかけていけるように取り組んでいます。会社が大きくなったときには、寄付モデルでのサポートもしていきたいと思っています。

 

当事者がLGBTフレンドリーな会社を見つけられるように

ー改めて、事業内容について教えてください。

まず、LGBTフレンドリー企業の求人サイト『JobRainbow』を運営しています。「ダイバーシティスコア」というものをつけており、ダイバーシティへの取り組みが進んでいる企業を見つけやすい仕組みです。現在日本では、アンケート調査によると、求職時に困難を感じている人がLGBTの非当事者では6%のところ、LGBのレズビアン、ゲイ、バイセクシュアルの当事者では44%、Tのトランスジェンダー当事者では70%にものぼります。「履歴書の性別欄でどちらに丸をつけたらいいか分からない」「カミングアウトをしたら面接途中で帰らされた」といった経験をしている人が多くいるんですよね。またLGBTフレンドリーな会社で働きたいと思っている人は89%いますが、54%の人がそういった会社を1社も知りません。LGBTフレンドリーな会社の情報を知りたいというニーズがすごくあるのに、実際は情報がほとんど伝わっていないという状況になっているんです。一方でLGBTフレンドリーな会社は増えてきていて、積極的に人を採用している会社も多い。この情報の非対称性を解消する介在価値をプラットフォーム上で生み出していくというのが、私たちの事業です。

JobRainbowのトップページ

 

マーケティング的な視点もお話しすると、Frost&Sullivanの調査では、オンラインのLGBTQ+市場は2023年に約5804億ドルに達すると言われていて、年間成長率は17.3%です。世界では6億人のLGBTQ+当事者がいて、関連市場を合わせると3.68兆ドルの市場規模になっています。すでに世界では、ニューヨーク証券取引所に100億円くらいの売上規模で上場するLGBT向けSNSアプリのBlueCity Holdingsという会社などがありますが、日本はこの大きなマーケットに対してソリューションを提供できておらず、当事者の生活を支えるサービスが少ない状況になっています。なので弊社はダイバーシティ採用広報のお手伝いや、そもそもLGBTフレンドリーな会社を作るための研修コンサルティング事業、マッチングのキャリアイベントや企業ブランディングなど幅広く価値提供をできるよう取り組んでいます*。

*株式会社JobRainbowの研修、採用支援、コンサルティング事業の内容は多岐にわたる。詳しくはこちら

 

自分のことを“社会起業家”とは思っていない

ー『JobRainbow』のサービス着想のきっかけはどんなものだったんでしょうか?

自分が大学3年生になって、就活を始めるにあたり、当然LGBTフレンドリーな会社に入りたいということを考えたんですよね。外資系企業を中心に選考を受け、サマーインターンでは日本マイクロソフトのマーケティングインターンに参加しました。そこで社内のLGBTサークルを見学させてもらったんです。あるレズビアンの社員さんは海外で女性と結婚して、それを会社の中で申請したところ、結婚休暇をもらえただけでなく結婚祝い金も受け取れたというお話が衝撃でした。決して特別扱いではなく、他の人と同じようにフェアにサポートが受けられる環境が素晴らしいと思いました。「こんな会社他にはあるのかな」と思って調べてみると、日本の会社でもそういう会社は少しずつ増えてきているということが分かったんです。それで、そういった会社の情報を集約して届けることができるサービスがあれば、LGBT当事者が就職活動をする上で希望が持てるし、たまたまフレンドリーでない会社に1社出会ってしまっても就職を諦めずに済むんじゃないかと考えるようになりました。

 

ー『JobRainbow』にはいろいろな外資系企業や大企業が求人を掲載されていますが、企業側に求人を掲載してもらうために、どんな訴求をされていますか?

「大手求人サイトよりも低い採用単価で、人を採用できる」ということに尽きますね。ダイバーシティの文脈での訴求は関心を持つ入口にはなりますが、継続利用の決め手にはなりません結局、「コストを抑えながら優秀な人材を採用できるか」という土俵で戦うことに変わりはないんです。『JobRainbow』ではダイバーシティに対してしっかり取り組んでいる会社であれば、「ダイバーシティスコア」が高くなり、会社の規模に関わらず他では手に入らないような優秀層に認知されることができます。かつ、大手サイトよりも安い価格で採用ができるというメリットもあって、継続的にご利用いただけています。もちろんダイバーシティへの取り組みを宣言していればスコアが上がるということではなく、掲載いただく会社に対しては教育や制度設計、コンサルティングを行ってから掲載いただいています。ユーザー側にとっても安心な、WIN-WINの橋渡しをしています。

 

ーサービス運営の中で、たくさんの当事者の方と関わられていると思います。具体的な当事者の声をどうサービスに落とし込まれているんでしょうか?

弊社ならではの何かをやっているということはなく、スタートアップなら当たり前にやるような定量/定性分析を行って施策を打っています。LGBTという文脈に合わせすぎた、過度な寄り添いの施策を打ってしまうと、データが見えなくなり意味不明なサービスを作ってしまいます。ですから、ユーザー全体としての数字の分析をして仮説を立て、個別のヒアリングをして、ヒアリングから得られた結果を元にサービスを改善していくという当たり前のことをやっています。弊社でValueとして掲げている「人の役に立つ」「課題から始める」「インパクトの最大化」にもこの意識が反映されています。

認知拡大のための戦略的な使い方として、“社会起業家”を自称したりもしますが、本質的には自分のことを“社会起業家”として捉えていないんですよね。株式会社JobRainbowは単なるスタートアップで、私は単にスタートアップの経営者です。そう考えると他の会社とやることは変わらないのに、「課題当事者に寄り添わなきゃ」というような考えで結果的に無駄な行動をとってしまうのは勿体ないと思うんです。ソーシャルな領域の起業家に対して「清く貧しくあれ」というような、偏った規範にも繋がります。私たちは最終的に達成したいインパクトのために、スタートアップ的にしっかりやっていこうと思っています。

 

マイノリティ全体の生活を支えるプラットフォームを目指して

ーこれまで会社を経営する上で、困難だったことなどはありましたか?

学生起業ならではの難しさとして、サービスを売ってお金をもらうという機会がなかったので、価格設定の感覚を掴むのに時間がかかりました。社会人をやっていると営業などの経験を通して学べることだと思うんですが、それができなかったんですね。そこの感覚を埋めるために、ビジコンにたくさん出て、社会人の人にアドバイスをもらうようにしていました。実際、当時5万円で売っていたサービスを「100万でも売れるよ」とアドバイスいただき、実際に売れたというようなこともありました。最初は相当なセンスがない限り分からないことも多いので、これから学生起業をする人は、ビジコンやアクセラレーションプログラムなどに参加して、信頼できる大人にアドバイスをもらうのがいいと思います。

またこの領域ならではの難しさとして、『JobRainbow』から応募する=LGBT当事者、ということになると、私たちがアウティング*を促してしまうことになるんですよね。実際サイトを訪問してくれるユーザーはすごく多いのですが、応募をするアクティブユーザーの率はかなり低いです。ダイバーシティスコアの基準を障がいや育児などLGBTQ+以外の領域の取り組み全般に広げているのはアウティングへの懸念からで、LGBT当事者以外の求職者でも利用できるようにしています。中途採用の求職者においては、今まで社会から疎外されてきたことでローキャリアになってしまっているという課題もありますね。年収200万円台の方が今のボリュームゾーンになっているのですが、そうするとハイキャリアを求める企業にはフィットしなくなってしまいます。今の転職市場で評価してもらえない人をどうバリューアップして次の会社に入ってもらうかということは、難しい点でもあり、私たちだからこそやれることだと思っています。

*アウティング・・「あの人って同性パートナーいるらしいよ」など、ある人のセクシュアリティを許可なく第三者に言いふらしたり、SNSに書き込むこと。カミングアウトは当事者が自分で相手にセクシュアリティを打ち明けるものであることに対し、アウティングは自分でなく他の人が勝手に行うという点が異なる。(参考:JobRainbow MAGAZINE

 

ー最後に、今後会社としてどんなところを目指したいですか?

就職だけでなく、ライフイベントごとにマイノリティの困難はまだまだ存在しており、LGBTだけでなくマイノリティ全体の生活を支えるプラットフォームを作りたいです。例えば就職やキャリアアップで所得が増えた人が引っ越しを考えるとき、マイノリティに理解のある住宅を選びたいですよね。その後生活が安定すれば出会いや結婚も選択肢に入ります。パートナーができれば、パートナーや子供の代に資産を残したいと思うかもしれません。老人ホームや介護でも自分たちのことを理解してくれるところに入りたいですよね。現在こうしたニーズに応える“レインボープラットフォーム構想”というものを考えていて、『JobRainbow』の次は『HomeRainbow』『MatchRanbow』『FinancialRainbow』など展開していきたいと思っています。JobRainbow IDという会員IDがあり、現在は『JobRainbow』の他にレズビアン、セクシャルマイノリティ女性のマッチングアプリ『PIAMY(ピアミー)』やセクシャリティ診断などのサービスを1つのIDで使用できるようになっています。とはいえ、仕事という領域だけでも大きな課題と大きなマーケットが存在している状態なので、今あるサービスもしっかり伸ばしていくというのが直近の課題です。

 

株式会社JobRainbow https://jobrainbow.jp/corp 

JobRainbow https://jobrainbow.jp/ 

 

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    interviewer

    堂前ひいな

    幸せになりたくて心理学を勉強する大学生。好きなものは音楽とタイ料理と少年漫画。実は創業時からtalikiにいる。

     

    writer

    掛川悠矢

    記事を書いて社会起業家を応援したい大学生。サウナにハマっていて、将来は自宅にサウナを置きたいと思っている。

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