農業をもっと誇れる産業へ。toBからtoCへ販路を拡大し、農業の新しい流通を作る
新型コロナウイルス禍による緊急事態宣言が発令された2020年の4月から「ドライブスルー八百屋」をスタートさせた、株式会社フードサプライの竹川敦史。飲食店の営業自粛で大量のロス野菜が生じる中、新しい販売の形を作り危機を救った。想定外の状況においてもスピーディな事業展開ができる理由や、販売にこだわって事業に取り組む動機について聞いた。
【プロフィール】竹川 敦史(たけかわ あつし)
株式会社フードサプライ代表取締役。鳥取県生まれ。大学卒業後、食品商社、大手外食チェーンなどを経て、2007年に独立し飲食店を経営。その後、飲食企業のコンサルティングなども手がける。09年にフードサプライを設立。業務用野菜卸として関東圏を中心に約5000店舗の顧客を持つ。コロナ禍においては、緊急事態宣言で飲食店が営業自粛を迫られる中、車で行くと降りずに野菜を積み込んでもらうことができ、人との接触を避けられる「ドライブスルー八百屋」のサービスを開始、その後も業務用卸売業者4社との協業による宅配「センチョク」、BtoBの青果業界最大の協業によるEC事業「青果日和」と事業領域を開拓し続けている。
もくじ
売り方・提案力で、「新しい野菜の流通」をつくる
ー現在取り組まれている事業について教えてください。
「野菜の新しい流通をつくる」というビジョンを掲げ、野菜を売るということに特化して事業に取り組んでいます。27歳で起業し、外食運営と外食のコンサルティングに携わる事業を起こしました。非常にうまくいったのですが、外食を行う上で周辺事業の大切さや、周辺事業のイノベーションが起きていないことに気づき、創業2年で事業をバイアウトしました。そこで得た資金を投入し、今の事業の創出に至っています。
当時、企業や若者が農業に新規参入したり、健康のために野菜が注目されたりする流れはあった一方で、野菜を届けることに注力している会社はなかったんです。関わりのあった外食企業の中でも、「野菜にこだわりたいけれど、農家とつながる術がない」「自分たちがどこの農家で取れた野菜を使っているか知らない」という声があり、農業は隙間がある産業だと感じるようになりました。そこで、今までの事業を売却した資金を全て投下して農業分野に関わるようになりました。
ー農業分野の中で、「売る」ことに特化して事業をされているのは何故ですか?
農業分野の事業は、どれもプロダクトアウト*で考えすぎてしまっているというところに課題を感じていたためです。確かにいい作物を生産することは大事なのですが、農作物はすぐに腐ってしまうため、販売ルートの確保を大前提にしなければリスクの高い事業なんですよね。こうした背景があって、野菜を売るということに特化して事業をやりたいと思うようになりました。
それから、僕は農家さんの代弁者になりたいと思っているんです。大根一つをとっても、この大根は誰が作ったのか、どれくらい美味しいのかといったことを発信していく方が、農業が評価される産業になりますよね。ですが農家さんにとって、日々の農作業に加えて発信活動にも力を入れていくことは難しいんです。そこで、ブランディングや売り方にこだわりながら発信をしていく事業ができないか、と考えたことも「売る」ことに特化するようになったきっかけです。自社でも農園を持っているので分かるのですが、農業は天候の影響で数ヶ月分の利益が飛んでしまうこともある大変な産業です。難しい事業であるにも関わらず、収入が少ないという点は、新規就農の少なさの原因にもなっているんです。ブランディングによってそれぞれの農作物への評価を高められれば、今より高い収入が得られるようになり、農業を盛り上げていけると思っています。
*プロダクトアウト・・細かい市場のニーズよりも大量生産に耐えうる作り手の理論や計画を優先させる方法。
ー具体的にはどんな事業を手がけられているのでしょうか。
現在やっている事業は、1都3県を中心に、5000店舗くらいの外食企業へ毎日野菜をデリバリーする生鮮物流業が主です。弊社が他の物流企業と異なるのは、売り方の提案が斬新だということです。例えば外食企業さんに対して、「農家さんの顔の見える野菜を取り扱ってみませんか」「こだわりの野菜を使って、新しい取り組みをしてみませんか」と提案するようなスタイルを導入しています。こうした、いわゆる「コンサルティング営業」を取り入れたことで外食企業さんの価値を上げ、農家さんの売り上げも上げていきます。
協業と自社開発で、スピーディな事業展開が可能に
ー2020年から始められた「ドライブスルー八百屋」についても、簡単な説明をお願いします。
ドライブスルー八百屋は、個人のお客様が車で野菜の物流センターへ行くと、降りずに野菜を積み込んでもらうことができ、人との接触を避けながら野菜を購入していただけるサービスです。これに関しても、「新しい野菜の流通をつくる」一環として取り組んでいます。まず前提として、我々は飲食店から発注があって初めて野菜を作ってもらうのではなく、ある程度の需要を見込んで農家さんに発注をしています。そうした中でコロナ禍がやってきて、大半の飲食店が営業自粛や時短営業をすることになったので、需要が下がって大量の野菜が余る状況になったんです。置いておくと農作物は腐ってしまうので勿体ないですよね。農家さんにとっても野菜が売れないのは死活問題です。
何とかしなければと思っていたある日、車を走らせていると、ふとマクドナルドが大渋滞になっているのを目にしました。ドライブスルーにたくさんの車が並んでいたんです。一方店内を見るとガラガラで、こんな状況は今までに見たことがないな、と思った時に閃いたのが「野菜でドライブスルーをやったら当たるんじゃないか」ということでした。
当時、B向けの野菜が売れない一方で、スーパーでは野菜の売り上げが好調でした。一方で「スーパーは人が密集して感染リスクが高いので行きたくない」という人もいるのではないかと思っていて。密にならない売り方として通販がありますが、需要が多く、各種サービスがパンクしてしまっている状況でした。そこで、スーパーでの買い物を避けたい消費者に物流センターまで買いに来てもらえば、余った野菜を流通させられると考えたんです。セット売りにして、買い物の時間短縮になることもアピールすることにしました。加えて、消費者の暇な時間を物流費の削減機会として捉えました。直接物流センターまで買いに来てもらえば送料はかかりませんよね。最初は直感でしたが、ロジックを積み上げていくことで成功の道筋が見えたので、「ドライブスルー八百屋」をスタートさせることにしました。
ー全国で「ドライブスルー八百屋」を展開するにあたって、色々な企業と協業されていますね。どのようにして巻き込んでいったのでしょうか?
まずドライブスルー八百屋は大成功を収めて、弊社の物流センターだけで1日2000人のお客さんが来る大盛況ぶりでした。一方でコロナ禍になる前の売り上げには到底及んでいなかったこともあり、現状に満足することなく、すぐに全国展開を考え始めていましたね。ただ自社のリソースでは全国展開が厳しかったこともあり、外部の物流センターなどのリソースを使って広げて、自分たちは予約受注センターになろうと考えたんです。外部を巻き込むにあたっては、サービスを始めた当時からSNSを強化してメディアプロモーションにも力を入れていたことが功を奏しました。ドライブスルー八百屋の名前が全国に広まり、賛同者が集まるようになってきていたんです。そこから「一緒にドライブスルー八百屋をやろう」ということで賛同者と共に広げていくことができました。
ー初めに「ドライブスルー八百屋」の着想を得てから事業を開始するまではどれくらいの時間がかかりましたか?
3日から4日でできたと思います。どうしてここまで早いかというと、「ドライブスルー八百屋」はスモールスタートをしやすいモデルだったからですね。物流センターとホームページさえあればできるので、すぐに始められました。実は元々ネットショピングで販売をしようと考えていたのですが、結局それをしなかったんですよね。それでかえって早いスタートを切ることができましたし、ネットショッピングに疎い客層を取り込めた要因にもなったと思っています。ネットショッピングならキャッシュレスで非接触ですが、現金派の方に利用してもらうことはできなかったと思います。メールでのやりとりから現地に来てもらって購入に至るので、カート落ち*も防ぐことができました。実際、PV数に対するコンバージョン率はかなり高かったです。
*カート落ち・・ECサイトで、カートに入れた商品を結局購入しないこと。baymard社の調査によると、世界のECサイトでカートに入ったうち、平均69.80%の商品は結局購入されない。
https://baymard.com/lists/cart-abandonment-rate(最終閲覧日:2021/3/29)
農業に軸を置き、販売力を活かす
ーここまでのお話で、素早い意思決定と事業作りが特徴的だと感じました。緊急時に素早い対応ができたり、新しい事業を作ることができたりする理由はどんなところにあると思いますか?
有事の時にこそ私も積極的に会議に出て、新しいことを率先してやることを意識しています。「ドライブスルー八百屋」では車の誘導をしたり、現場に立つことで一体感を出したいんですよね。それに、やはり失敗できない有事の決断は自分でしたいと思っています。緊急時に失敗したら、それは倒産を意味するので(笑)。自分で意思決定をして行動で示していくというのは、そういった意味もあります。
ちなみにドライブスルー八百屋を提案した時は、9割方の社員に「え?」という反応をされました(笑)。でも絶対に流行ると思っていたので、広報には「明日から電話が鳴り止まないと思うから宜しくね」と伝えて。やってみたら大ヒットで、問い合わせが殺到していたので、本当に有り難いことだなと思います。
ー意思決定の話が出ましたが、譲れない経営判断の軸などがあれば教えてください。
農業や野菜という事業に対して軸を置くことはぶらさずにやっていきたいと思っています。何でも売ればいいという話ではなく、専門性のあることをやっていないと事業の根幹が曖昧になってしまいますよね。農業と野菜という専門分野の中で、事業をしっかり構築していきたいです。
一方で、強みは生産ではなくやはり販売なんです。僕らが売ることによって野菜の価値が高まり、農家さんに得をしてもらうことで僕達自身の価値を出していかないといけません。一言で言えば、「僕らと一緒にやるからにはハッピーな思いをして欲しい」ということです。数年で3倍や4倍の規模の事業にしていきましょう、僕達も売り方を工夫して頑張ります、という事業スタイルは守っていきたいと思っています。
カスタマー向けにも展開し、農業をもっと「誇れる産業」へ
ー事業を展開する中で経験された困難や、困難をどう乗り越えたかについて教えてください。
創業してから色々なことがありましたが、悲観するよりも行動するということを念頭に置いて乗り越えています。コロナ禍は特に大きな困難で、2020年の4月頃は卸や外食の企業には暗い雰囲気が流れていました。もちろん僕たちもコロナ禍の影響を受けたのですが、それ以上に、消費者からの感謝が聞こえる現場で働くことになったのが新鮮でした。今まで外食企業向けに事業をやってきたので、「こんな野菜が美味しかった」「ありがとう」といった消費者の生の言葉に触れたことでむしろ従業員の雰囲気が明るくなっていったように思います。
また私たちは営業が中心の会社なので、コロナ禍で営業ができなくなったことは大きかったです。そこで考えたのが、社会意義のある行動をすることが今後の営業にもつながるということでした。コロナ禍が収束した後に、「あの時の取り組み、面白かったよ」と言ってもらえるように行動して発信をしていけば、それが営業スタイルになると思ったんです。そんな話を営業マンとした後すぐに「ドライブスルー八百屋」を始めることになったので、今は思い描いた通りの事業展開ができているという感覚です。
ー今後想定されている事業展開はどんなものでしょうか?
2020年から、弊社とデリカフーズホールディングス株式会社の合弁で、「株式会社青果日和研究所」という会社を立ち上げました。弊社もデリカフーズも法人向けの事業を展開してきた青果業者で、いわば競合にあたるのですが、今は一緒に事業を大きくしていくべきタイミングだと考えていて。青果日和研究所では消費者向けの事業に参入します。今年はスムージーのサブスクリプションを始めたり、料理研究家の方達とのコラボをしたりしようと考えているところです。
BtoBの青果業者が、コロナ禍のような有事の際にはBtoCで売上をカバーできるようになれば、農家さんも安心して野菜を作ることができるようになりますよね。ですから、こうした取り組みなどを通して、消費者向けの事業を増やして売上に占める割合を上げていこうと思っています。
ー最後に、事業を通して今後の社会をどのように変えていきたいか教えてください。
農業をもっと「誇れる産業」にしていきたいです。先ほども言ったように農業は本当に大変な産業で、かつなくてはならないものです。一方で今のままでは盛り上がっていかないと思っていて。例えばサブスクリプションなど、新しい売り方を農業で実践している事業者はまだまだ少ないです。農業の「農」を「脳」に置き換えて、「考える農業」「企画する農業」ということをもっとやっていくべきだと思います。僕たちは作物を売るところまで見据えて、今後どうしたらもっと農業が面白くなるだろう、と考える組織としてやっていきます。
株式会社フードサプライ https://www.foodsupply.co.jp/
ドライブスルー八百屋 https://www.foodsupply.co.jp/drivethrough/
interviewer
堂前ひいな
幸せになりたくて心理学を勉強する大学生。好きなものは音楽とタイ料理と少年漫画。実は創業時からtalikiにいる。
writer
掛川悠矢
メディア好きの大学生。新聞を3紙購読している。サウナにハマっていて、将来は自宅にサウナを置きたいと思っている。
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