障がいを超えて若者が挑戦できる社会を。靴磨きを通して「与え、分かち合う存在」へ

京都の御池通に店を構える靴磨きと靴修理の専門店「革靴をはいた猫」。靴を大切にする地元の方はもちろん、遠方からもリピーターが訪れる。大学在学中に靴磨きに出会い、当時の仲間とともに起業を決意した魚見航大に「与え、分かち合う存在へ」というテーマを掲げる理由や、事業を通じて実現したい社会について聞いた。

【プロフィール】魚見 航大(うおみ こうた)
株式会社革靴をはいた猫 代表取締役。龍谷大学在学中に、学生や障がい者が活躍できる手段としての靴磨きに注目。大学卒業式の1日前に起業した。現在は、靴磨きだけでなく靴の修理や回収、職人の育成事業も行っている。

Change from Taker to Giver 与え、分かち合う存在へ

ー現在の事業について教えてください。

靴磨きと靴修理の事業を行っています。起業当初は、企業に出向いて、会議中の時間などを利用して靴磨きをする出張サービスから始めました。また、さまざまな人や企業が集まる講演会やイベントに呼んでいただくこともあり、そこで靴磨きを行っていました。現在も出張サービスは継続していますが、2018年からは京都市役所のすぐ近くに実店舗も構えています。
靴磨き職人の中には、知的障がいや精神障がいを持つメンバーもいるのですが、彼らが仕事を通じて仲間やお客様との関係から社会に参画していくきっかけを作っていけたらいいなと思って始めた会社です。「Change from Taker to Giver 与え、分かち合う存在へ」ということをテーマに掲げ、障がいの有無に関わらず若者が挑戦できる、みんなが前に立って引っ張っていける存在になることを目指しています。

 

ー靴磨きの事業はどのように着想を得たのですか?

学生時代、大学の中に障がい者と学生が一緒に働くカフェがあったんですよ。そこで活動していた時に今のメンバーと出会いました。障がいを持っている彼らは、当時はただ与えられた仕事を淡々とこなすだけでした。でも、目標を設定してそれに向けて取り組んだり将来像をイメージしてもっと色々な仕事ができるのではないかというのを、店長を中心にみんなで考えていて。店長の考えは、「彼らは福祉の中で見ると支援される側に立ってしまいがちだけれど、機会さえあれば与える存在になれる。与える存在になることで、彼らと同じような方の希望になりチャレンジする人を増やすことに繋がる。」というものでした。私もその考えに共感しました。より多様な若者が活躍できる仕事を模索する中で、「靴磨き」のプロジェクトが始まりました。そのメンバーが梅田の蔦屋書店の中にある靴磨き専門店で修行させてもらいました。そのときのプロジェクトメンバーのうち3名が今の会社の役員です。

大学カフェ時代のミーティングの様子

 

職人の想いから実店舗が実現した

ー大学卒業後に起業され、その1年後には実店舗もオープンされたのですよね?

出張の靴磨きを始めてちょうど1年ぐらい経ったころから、新聞やwebメディアを見て「靴を持っていきたい」と言ってくださるお客様が増えたんです。ただ、私たちとしてその受け皿がない状態でした。そこでなんとかお客様とコミュニケーションが取れる場所を作れたらいいなということで店舗を持つことに決めました。

 

また、大学のカフェの時から中心メンバーだった藤井の意見も大きくて。最初はコミュニケーションを取るのが苦手でしたが、出張サービスを通じて「もっとお客様と関わりたい」「お店を持ちたい」と口にするようになりました。彼の意見に、関わってくださる皆さんが共感してくれて、お店を出す話が大きく進みました。

 

ー店舗を持たれて感じたことはありますか?

職人として集まってくれてるメンバーはコミュニケーションの観点などから、靴磨き職人として働くのは難しいんじゃないかと思ったこともあるんです。お客様と何も喋れない状態から始まったメンバーもいました。そういったメンバーが、今では色んなお客様に自分から声をかけて接客している。靴磨きだけでなく店舗の管理も任せられるようになった。お客様からも「対応がすごく良かった」と言われます。彼らのご家族からも「息子の表情や雰囲気が別人のように変わって驚いています」という嬉しい声をいただきました。まさに「Taker」から「Giver」に変わるところだと思っていて、その時は変化に気づかないですけど、後から振り返ってみるとみんなに任せることが増えて、みんなでお客様に提供できる価値が増やせていることが嬉しいですね。

 

ー店舗にはどういった方が来られるのでしょうか?

私たちの店では親しみやすさと高級感を大切にしています。最近はハイエンドな方を対象にした靴磨き専門店が増えてきているのですが、私たちは価格も抑え、気軽に来ていただけるようにしました。そういった工夫もあり、革靴をはいた猫には地域のおじいちゃんやおばあちゃんから学生、ビジネスマンまでさまざまな方がいらっしゃいます。年齢や属性に関わらず、靴を大切にしたい方が多くいらっしゃる印象です。「20年履いた靴を捨てようと思っていたけどやっぱりもう少し履きたいから」と持ってきてくださる方や、「長く履くために新品の状態でまずケアをして欲しい」と持ってきてくださりその後ずっと持ってきてくれる方もいます。一度磨いた靴を一生面倒見るっていうのは私たちも大事にしていることなのですが、お客様と何度も何度も関係を築いて靴を大事にすることを文化として広めていきたいなと思っています。そうすることで靴磨き職人が必要になって、若者が立ち上がって挑戦する機会を新たに生み出すことにも繋がりますしね。

 

靴の事業と教育の事業の歯車が合う

ー靴磨きだけでなく、靴の修理や回収も始められたと伺いました。

靴修理は2年前から取り組んでいます。クラウドファンディングでご支援いただいて修理マシンも購入できました。最近は、家に眠っている靴を寄付していただき、その靴を靴磨き職人の教育に活用して次の持ち主に届けるプロジェクトを新たに始めました。先日、大丸京都店さんで靴の回収をさせていただいた際には、1週間で822足の靴が集まって、非常に大きな反響があることを感じました。私たちの強みである「靴磨き・靴修理」に加えて、靴との出会いや別れもプロデュースできれば、靴を大事にするライフスタイルが広がるんじゃないかなと思っています。

大丸京都店でのイベントの様子

 

あとは、自分に合ったものを長く大切に使う楽しみを打ち出したりしていきたいなと思っています。職人の手でよみがえった靴をただ単に中古靴として販売するのではなく、販売の際に靴磨きのコースをセットでつけて3年間保証のような形にすることで、何度も靴磨きや修理に来ていただけるようにしたいです。例えば、定価が2万円の靴がお気に入りだったら、2万円〜5万円出してでも修理して履き続けたいという方もいるんです。それってすごく新しい風なんじゃないかなと思っていて。靴を大事にする人が増えることによって、職人の需要も増え、挑戦の場もできるのでそういうコミュニティを作っていきたいですね。

 

ー靴磨き職人の教育のお話が出ましたが、どういったプログラムをされているのですか?

靴磨きのスキルだけでなく報連相やコミュニケーション、どんなふうに生きていきたいかまで踏み込んだマインドの部分をトレーニングするプログラムです。革靴をはいた猫と同じく、カフェの活動から生まれた一般社団法人日本インクルージョン協会と連携して教育に取り組んでいます。2020年の4月には、「より働きがいのある障害者雇用をつくりたい」という熱い思いを持つ大阪の商社・阪和興業さんが関心を示してくれました。今では障がいのある方2名が靴磨き職人として阪和興業さんに所属されています。商談に来られた方の靴を商談中に磨いたり、取引先の企業様に出張サービスを行っています。

 

ーコロナウイルスによる影響はありましたか?

店舗は休業した期間もありました。店舗に来てみたら閉まっていて「閉まっとるやん」と連絡をくださるお客様もいました。コロナ禍でも自分たちのお店に来てくださる方がいるというのは嬉しかったですね。

また、教育プログラムの方にも影響がありました。ちょうど日本インクルージョン協会と連携して職人育成のプロジェクトに取り組んでいた時期でした。インクルージョン協会の事務所に集まってやっていたのですが、プログラムが始まって1週間で緊急事態宣言が出てしまって。そこからは全てオンラインでの教育になってしまったんですね。私たちも初めての経験でしたし、彼らもLINEを導入するようなところからだったので大変でした。でも、みんながそれぞれ自宅で頑張ってくれて、靴を磨いた動画を送ってきてくれるので、私たちがそれを見て写真や動画で指導するという形で進めることができました。

 

若者が新たに挑戦できる社会をつくる

ー今後の目標はありますか?

2025年の大阪万博のテーマが「いのち輝く未来社会のデザイン」というテーマなんです。私たちの事業って大学のカフェから数えるともう8年くらいになるのですが、ずっと目指してきたものが万博のテーマとぴったり重なると思っています。これからの時代は、仕事によって経済的に豊かになるということだけではなく、働くことを通じて生き方がどう変わるかが重要になってくるのではないかと考えていて。私たちとしては、大阪万博が目指しているテーマを旗印としながら、革靴をはいた猫としての事業を広げていって、日本でチャレンジしてる若者がいることを世界に発信できればいいなという風に思っています。

全員が靴磨き職人になるということではなくて、すでに立ち上がってる人を見て、自分も何かしたいと思ってくれるような人が増えたらいいなと思っています。色々な方と関係性を築いたりコミュニケーションを取ったりする手段として、今後は靴磨きのワークショップもやっていくつもりです。若くても、障がいを持っていても挑戦している靴磨き職人を見て、若者が新たに立ち上がってくるような社会を、自社だけでなくいろんな企業や行政、地域の方々と連携して作れたらなと思っています。

ものを大切にして過ごす、お客様に靴を大切にして過ごしていく豊かさや喜びを提供しながら、職人が育っていくコミュニティを作っていきたいんですよね。そのためには靴の販売・修理、靴磨きや靴の手放し方といったところを幅広く網羅して、お客様と接点を何度も持てる企業になりたいです。そのやり取りが増えていくことで、職人が育つプロセスももっとオープンにしたいなと考えています。教育の面をオープンにすることで、靴の寄付もより集まってくると思いますし、良い循環が生まれるのではないでしょうか。私たちの事業が靴磨きの良さを伝えるきっかけになったり、靴磨きを通じて元気をもらった人が立ち上がっていくようなきっかけになれば嬉しいです。

革靴をはいた猫 HP https://kawaneko39.com/

 

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interviewer
馬場健

アートが好きな九州男児です。人の心に寄り添った取材をこころざし、日々勉強中。

 

writer

細川ひかり

生粋の香川県民。ついにうどんを打てるようになった。大学では持続可能な地域経営について勉強しています。

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