介護が必要になっても自分らしい日常が変わらないために。音楽を通じて人の可能性を輝かせる「ミュージックファシリテーション」とは
インタビュー

介護が必要になっても自分らしい日常が変わらないために。音楽を通じて人の可能性を輝かせる「ミュージックファシリテーション」とは

2021-03-20
#福祉・介護

高齢者向けに音楽を通した場づくりを行っているリリムジカの柴田萌。介護が必要になっても自分らしさを持ち続けられる環境づくりを目指している。場づくりにこだわる理由やプログラム設計に込める想いを聞いた。

【プロフィール】柴田 萌(しばた もえ)
幼少期から音楽に触れ、高校生で音楽療法に出会う。その後、昭和音楽大学の音楽療法コースに入学し、大学卒業と同時に共同創業者の管偉辰と起業。高齢者施設での出張型音楽プログラムを行っている。

音楽を通して、人のプラスな側面に焦点を当てる

—どのようなきっかけで今の事業を立ち上げられたのですか?

幼少期からピアノやエレクトーンなど音楽に触れてきました。高校3年生の時に初めて音楽療法というものを知り、人と人の間に音楽があってそれによって人がエンパワメントされるという考え方に興味を持ちました。そこで音楽療法を学べる音大に進学し、音楽療法士として仕事をすることを決めました。しかし、当時は就職先がとても少なく、だったら仕事を作る側に回りたいと思って、大学卒業と同時にリリムジカを起業しました。初めは音楽療法士に仕事を作りたいというモチベーションでしたがそれでは当然続かず、お客様の役に立つ、喜んでいただけることはなんだろうということを最優先に模索しながら、今の事業に至りました。

 

—現在の事業について詳しく教えてください。

現在は153箇所の事業所様と契約をし、高齢者の方に向けた出張型の音楽プログラムを行っています。一般的な慰問演奏*とは違い、演奏家が演奏をお聞かせするのではなく、高齢者の方と一緒に歌ったり、楽器を演奏したりします。音楽を通じ、認知症などで要介護状態にある方の、本来持っている個性やその人らしい素敵な部分、大事にしている部分などプラスの側面に焦点を当てる時間を作っています。そして、高齢者の方に主体的に楽しんでいただくだけでなく、介護施設職員の方やご家族とも楽しい時間を共有できるようにしています。周りの人たちの眼差しを、「これも、あれもできなくなってしまった」というようなネガティブなものから、「こんな特技、こんなエピソードもあるんだな」というようなポジティブなものへ変化させ、ケアにも活かしてもらうという循環が作られることを目指しています。
※慰問演奏介護施設や老人ホームで演奏を行うこと

 

—具体的にはどのようなプログラムを実施しているのでしょうか?

歌唱、体を動かす体操、楽器の演奏などを行っています。踊りを踊ったり、参加者の中に楽器や歌が得意な方がいたら披露していただく時間をとることもあります。扱う曲は主に高齢者の方が懐かしいと思えるような童謡唱歌、当時の歌謡曲、民謡、演歌などです。参加者の好みに合わせて、シャンソン、讃美歌、軍歌なども歌います。私たちは、ただ音楽を演奏するのではなく、音楽の合間にコミュニケーションが生まれることを大事にしています。

 

音楽療法から場づくりへ

—リリムジカでは「音楽療法士」ではなく、「ミュージックファシリテーター」と呼んでいますよね。これにはどのような背景があるのですか?

まず、音楽療法士は民間の資格です。学会や専門学校、自治体などがそれぞれ資格を発行しており、◯◯認定の音楽療法士というような資格が乱立しているのが現状で、定義もさまざまです。私自身、音楽療法を勉強した土台で起業したので、現場に伺った時は「音楽療法です」と伝えていたのですが、行く先々で「よくわからない」と言われることが非常に多かったんです。「音楽療法と最初に聞いた時はすごく難しいことをやるのかなと思ってよくわからなかったけど、蓋を開けてみたら難しくもなく楽しいものだった」と言われて、介護現場の方が求めているのはそれが療法かどうかということよりも、自分たちが楽しく参加できて元気になれるものなのかということに気がつきました。「音楽療法はこんなに素晴らしいものですよ、だからわかってください」というのは現場に寄り添ったアプローチではないと思っています。届けたい相手に自分たちが近づいていくような考え方をしたいと思ったのがまず一つ目の理由です。

もう一つは、私たちのプログラムは「場づくり」だという考えからです。音楽の場にご一緒して一人一人の変化に焦点を当てつつも、それを周囲の方が共有していることが大事だと思うようになったのには、きっかけがあります。認知症のグループホームに伺った時、言葉でのコミュニケーションがもう難しいという女性に出会いました。ある日のプログラムで、「母さんの歌」という歌を歌ったんですが、その女性が歌詞の書いてあるホワイトボードを集中してご覧になり、「母さんが夜なべをして」というワンフレーズを口ずさんで涙を流されたんです。それを見た職員の方が、「◯◯さんはもう色々なことができなくなってしまったと思っていましたが、歌詞を読んでそれを理解し、声に出して歌い、さらに涙を流すなんて、まだそういう力が残ってらっしゃったんだ。もうできないと思っていた自分の思い込みに気づかされました。」とおっしゃったんですよ。それを聞いて、職員の方やご家族と一緒に「今日はこんな新しい側面を知れてよかった」と一緒に喜ぶことが、ご本人様とケアに関わる方にとってプラスな時間を作る上で素晴らしいことだと思うようになりました。

このエピソードを外部の方に話した時に、「それは音楽療法というより、場づくりだね」と言われて、その通りだなと思い、それなら音楽療法士はファシリテーターの役割を担っているということで、ミュージックファシリテーターという呼び方に変えることにしました。

 

—ファシリテーターの方のマネジメントはどのようにしているのですか?

現在、34名のファシリテーターが所属しています。ファシリテーターは全員業務委託契約です。これにはいくつか理由がありますが、この仕事で生計を立てている方、ピアノ教室の先生と兼業している方など、コミット量にグラデーションがあっていいと思っているからです。業務委託と言っても、かなり私たちと密度の高いコミュニケーションをとっています。基本的にはお仕事がある時に、それぞれの自宅から直接事業所へ行ってもらい、帰ってきたら報告をアップロードしてもらっています。それに加え、毎月ファシリテーター同士でグループごとに近況報告や相談ができる場や、全員で集まって学んだり交流したりするような機会も設けています。ファシリテーターからは、以前は一人で学んでいたり一人でフリーランスとして活動していたりして孤独だったという声が多く寄せられます。相談したり悩みを共有したりできる、横のつながりを求めてリリムジカに入ったという方が多いです。

ファシリテーターの方々と

 

参加者、ファシリテーターと共につくる

—プログラム設計のこだわりを教えてください。

「これをやりなさい」というような指示は一切なくて、それぞれのファシリテーターが自分の判断で今これをやるのが最善と思うことをやっています。もちろん悩んだら色々な人に相談できますが、それを誰かが常に管理したり指示したりということはしていません。これは、その現場にとってその時最善なものというのは現場のファシリテーターが一番知っていると思っているからです。この臨機応変さこそがリリムジカのプログラムの特徴だと思います。一応前日までに当日のプログラム案は立てるのですが、それはその場に合わせてどんどん変えていくことが大前提です。例えば、美空ひばりの「川の流れのように」を歌ったら、「私ひばりちゃん好きなのよね。昔コンサート見に行ったのよ」という話をしてくれる方も。そこで次に「じゃあ違う人の曲を歌いましょう」というのはすごく不自然で、「美空ひばりもう1曲歌いましょう」となるわけです。一般的な音楽療法だとそれぞれの内容に目的があり、事前の計画を壊すという発想が生まれにくいんですが、うちの場合は「みんながやりたいと思うんだったらそれをやるのがいいじゃん」という考えでプログラムを進めています。

 

—コロナ禍で事業に変化はありましたか?

2008年に起業してから10年以上事業をやってきましたが、一番の困難が今だと思います。今も試行錯誤しているところですが、新しく始めたことが2つあります。一つはリモートでのプログラム実施です。実際にやってみると比較的自立度の高い方が多い場ではかなり盛況です。「先生がテレビに映ってる!」とか、「◯◯さん、今手振ってくださっているの見えてますよ!」といった会話があったりと、みなさん面白がってくれます。一方で認知症で要介護度の高い方だと難しいですね。認知症の方とのコミュニケーションでは、アイコンタクト、触れること、空気などの全てが重要なので、画面越しで「今まさにあなたに向かって語りかけているんですよ」っていうのが伝わりづらいんです。また機材の用意が難しい場合もあり、全ての施設でプログラムがオンライン化しているとはまだ言い難いのが現状です。そしてもう一つはDVDの制作です。私たちは今まで直接伺って音楽をやること、そこに会話があること、そのプロセスこそが人を元気にすると考えていたので、一方的に配信する映像コンテンツは絶対ありえないと思っていました。でもコロナ禍で事業所に行けなくなった時、ご家族との面会を含めあらゆることと一旦切断せざるを得なくなった施設の方々にとっては、いつも同じ職員さんで色々な制限があることはものすごくストレスだなって思ったんです。職員の方もマスクやグローブといった資源枯渇などでただでさえ負担が大きい中、今まで外部に依頼していたアクティビティを自分たちでやらないといけないわけで。そんな状況で少しでも力になりたいと思い、DVDの制作を決意しました。ご覧になった方々が思わず声を出したくなったり、その場にいる人同士で会話が生まれたりするようにという点を意識して作ったところ、お客様から「毎日見ています」「これがなかったらコロナ禍を乗り越えられなかったかもしれない」「職員が行うレク以上に盛り上がります」といった声をいただき、ホッとしました。また、社内の半数以上のファシリテーターが制作に関わり、毎月1枚必ず新作を出しています。大変な時期ですが、結果的にファシリテーター同士のコミュニケーションが増えるなど、みんながリアリティを持ってどうコロナ禍を乗り越えていくのかを考えてくださっていて、組織としての結束が強まったと感じます。

 

—リリムジカは柴田さんと管さんが共同で創業されたんですよね。共同創業という形をとって良かったことや大変だったことを教えてください。

良かったことは、創業当時、管が音楽療法の世界に全く通じていなかったことです。私は音楽療法を勉強してきた背景があるので、その論理でものごとを考えたり言ったりしてしまうことがあるのですが、現場に出る中でお客様側からの見え方が重要だということを痛感してきました。「そんな理屈がお客様に伝わるわけない」というような厳しい目線も含めて、自分と全然違う視点を持っている人と一緒に事業を起こすことができたのはよかったと思っています。一方で、彼は経営の部分を担い、私は現場の部分や育成などを担うという役割分担をしてきましたが、少し線引きしすぎたかなという反省も今ではありますね。経営に関して自分の意見があっても、四六時中それについて考えている管の意見の方が正しいと思ってしまい、はっきりと意見を言えないこともありました。また私自身も、現場の専門家としてのプライドから、管の意見を受け入れられないということもありました。もっとフラットにお互いが話せたらよかったなとも思います。

写真中央が共同創業者の管偉辰さん、左は社外取締役の入部直之さん

 

介護が必要になっても自分らしくあってほしい

—今後の事業展開を教えてください。

まずは、オンラインでのプログラム実施とDVD制作を広めることに引き続き注力していきます。将来的にまた現場に伺うことができるようになった際も、直接訪問に加えてDVDやオンラインでのプログラムも選択肢の一つとして提案できるようにしたいです。

 

—事業を通してどのような社会を目指したいですか?

私は事業を通して介護を必要とする前と後で生活がガラッと変わってしまうことがないようにしたいと思っています。要介護状態だからこれはやるべきでないというような制限があるのはやっぱり嫌じゃないですか。音楽を嫌いな人ってあまりいないので、多くの人が受け取れる音楽というツールを通じて、音楽でその人が変わる変わらないということではなく、その人のポジティブな側面にみんなで目を向け、それがまた次のケアに活かされることを目指しています。皆さんの日常のこと、昔やっていたことをそのまま楽しみ続けられる、大切にし続けられるような環境づくりに寄与していけたらいいなと思います。

 

株式会社リリムジカ https://lirymusica.co.jp/

 

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    interviewer
    細川ひかり

    生粋の香川県民。ついにうどんを打てるようになった。大学では持続可能な地域経営について勉強しています。

     

    writer

    堂前ひいな

    幸せになりたくて心理学を勉強する大学生。好きなものは音楽とタイ料理と少年漫画。実は創業時からtalikiにいる。

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