体の一部を失った人の見た目と心を回復する。人工ボディ「エピテーゼ」が持つ可能性

事故や病気で体の一部を失われた方に人工ボディ「エピテーゼ」を届ける田村雅美。
外見を回復するのに、医療(外科的手術)以外の選択肢があることを知ってほしい。現在の医療システムに疑問を抱き、コンプレックスを自然に隠し、自分に自信をつけながら社会復帰ができるようなエピテーゼの製作・販売を行なっている。経営者であり技術者でもある彼女に、エピテみやびの取り組みや目指している未来を聞いた。

【プロフィール】 田村 雅美(たむら まさみ)
歯科技工士として経験を重ねる中で、自身の技術力向上を目的に渡米。渡米中、エピテーゼによる「外見回復」の場に立ち会い、その効果に感銘を受ける。帰国後、歯科技工士として働くかたわら、エピテーゼの技術を習得するための学校に通う。友人の乳がん手術後の精神的苦しみを知ったことをきっかけに、エピテーゼを事業として本格的に取り組むことを決意。2018年に「女性起業チャレンジ制度」でグランプリを受賞し、エピテみやび株式会社を設立、代表取締役に就任。

エピテーゼとの出会い

ー田村さんが製作・販売されている「エピテーゼ」とはなんですか?

エピテーゼとは、体の一部を事故や病気で失われた方の見た目を回復する人工ボディの総称です。エピテみやびでは、三つのジャンルで運営しています。一つ目は、事故や病気などで指先を失くした方向けの「指」、二つ目は乳がんで胸を失くした方向けの「胸」、そして性同一性障害の方向けの「陰茎」です。

 

ーエピテーゼを知ったきっかけを教えてください。

最初にエピテーゼに出会ったのは、23歳の時です。当時は歯科技工士という歯を作る仕事をしていました。しかし「日本の保険治療制度だと、技術に限界があると感じ、技術向上と視野を広げることを目的にアメリカへ歯科技工士として仕事に行きました。その際、アメリカの大学病院を視察する機会もあり、顔をなくした兵士の顔を作る「エピテーゼ」の一部始終を見学したんです。その時の私は、「全部手術したら治る」と思っていたんですけど限界があることを知って。特に顔の欠損となると、自分自身のコンプレックスになったり、家族や周りの人がびっくりしてしまったりと、その後の社会生活が厳しいものになりますよね。エピテーゼという技術に衝撃を受けて調べると、アメリカは戦争で体の一部をなくすことが日本よりもメジャーなため、エピテーゼの普及が進んでいることが分かりました。

帰国後日本でもエピテーゼの技術が習えるという情報を手に入れました。その時は仕事にしようとか、社会問題だとか、そんな思いは全くなく、作れたら楽しいなという気持ちで習いに行きました。技術者あるあるの「つくれるようになりたいな」というスタートです。

1年ぐらい習うとある程度作れるようになり、そのサンプルを持って異業種交流会に参加したり、友達に「見て見て〜こんなの作れるようになったよ!」と話したりしていたら、そこから相談が来るようになったんです。
特に私の出身地の群馬県は農業やプレス加工が盛んだったこともあり、「うちのおじいちゃんが農機具で指を4本落としてしまって、いつもずっと包帯を巻いてた。亡くなるまで外見を気にしてたな」「うちのお母さん、プレスで指無くしてしまったんだけど、そういうのあるの?」などと、ダイレクトに制作依頼がきたことが仕事に繋がりました。

エピテーゼ製作風景

 

エピテーゼを日本社会に広めるために

ー歯科技工士から転換し、エピテーゼを仕事にしようと思った一番のきっかけはなんですか?

一番大きかったのは、友人から「実は乳がんになってこの間、胸をなくしたんだよ。今はメンタルも体も安定したけど、半年間は地獄のような気持ちだった」と語られたことです。今の日本の医療は外見よりも命を助けることが最優先です。体の一部を失くしても命があればそれでいい、その後は自分でどうにかしてね、みたいな。彼女も女性のシンボルと言われる胸を失い、お風呂に入るたび、毎朝着替えるたびに自信をなくし、生きていても仕方がないんじゃないかと話してくれました。趣味であった温泉に行けなくなってしまったことにもすごく落ち込んでいました。
私からエピテーゼの話を聞くまでは、病院で全く説明もなく、調べ方も分からなかったと。友人が目の前にいるのに何もしてあげられなかったと思うと同時に、なんでエピテーゼが届いていないんだろうと衝撃を受けました。私の周りだけでもでもこんなにこんなに困っている人がいるなら、全国にはもっと困っている人がいるんじゃないかと思い起業しました。

 

ー日本でエピテーゼが浸透しづらい背景を教えてください。

一つは現在の医療制度の問題だと思います。歯の治療を例えるとわかりやすいと思うのですが、虫歯ができても通常の3割負担だと受けられる治療は銀歯とかです。そこで白くて自分の歯と色が変わらないものを希望すると、かなり高額な値段がしますよね。それと同じで、国の定められた保険の範囲内で指を作ると、自分の指と色や形が違う指が出来上がってしまうんです。ですが、日本の方々は医療保険で安く済ませたいと希望される傾向がありますね。
もう一つは、日本人は人と違うところに蓋を閉めてしまう傾向があるところです。指の欠損などに関する悩みは、まだまだ気軽に相談できないのが現状だと思います。
お医者さんに相談したとしても、お医者さんもかなり忙しく自分の治療以外にかけられる労力がほとんどありません。ヨーロッパなどの先進国の国であれば、外見を整えることも医療の役割の一つと捉えられており、エピテーゼも保険対象になるたいです。

 

ーエピテーゼの製作以外にも、エピテーゼ協会を立ち上げられたと聞きました。エピテーゼ協会では何を行なっているのですか?

エピテーゼ協会はこれから本格的に始動していく予定です。一つは教育事業です。エピテーゼを作れる人が今の日本にはあまりいないので、普及や技術教育を行なっています。またエピテーゼの技術力を証明するような資格がなく、誰が作っても良いことになっています。そのため民間資格を確立し、一定の教育基準を出すことで誰でもエピテーゼ 事業を開業できる仕組みを作りたいと考えています。エピテーゼは、メイクアップアーティスト、ネイリスト、心理学を学んだ方などと相性がいいんですよね。エピテーゼを着けた上から、メイクやネイルでさらに目立たないようにすることができるからです。そういった方々のプラススキルとしてエピテーゼという選択肢が広がればいいなと思っています。

製作したエピテーゼ

 

外見と心を整えるエピテーゼの魅力

ーエピテみやびでは、田村さんが一人でエピテーゼを作られてるんですか?

はい。私は経営者でもあり技術者でもあります。基本的に、一人ひとりの要望に合わせ二人三脚で進めています。オーダーメイドなので、指のエピテーゼを製作するのには少なくとも3回打ち合わせをし、相談から納品までは一番早い方で3週間程度かかります。
打ち合わせの際もお客様は誰にも知られたくなかったり、恥ずかしい気持ちがあったりすると思うんです。お客様の許可があればスクール生も同伴することもあるのですが、極力私一人で担当し、プライバシーを守りながら相談しやすい環境作りを心がけています。これまで100人以上の相談を受け、エピテーゼを作製しました。

 

ーこれまでのお客さんの中で印象に残っているエピソードはありますか?

今から3年前、当時19歳だった美容師専門学校に通う女の子が印象に残っています。彼女は夏休みに友達と出かけた際に車の事故にあい、右手の人差し指を切断する事故にあわれてしまいました。美容師の国家試験まで、半年というのもありましたし、19歳という一番ファッションや遊びや恋愛を楽しみたい時期に指をなくされショックを受けていました。将来美容師になった時、お客様に見られてしまい、毎回聞かれるのも辛いし、気まずくなったり聞かれるたびに説明するのも嫌ですよね。私のところに一番最初に相談しにきてくださった時も、彼女は表情も暗く指も机の下にずっと隠していました。そこで「うちのエピテーゼはネイルとかアクセサリーもつけられるんだよ」とサンプルを見せたら、今までと変わった明るい表情になってくれて「こんなのできるの全然知らなかった!ぜひお願いします」と。今では毎月ネイルも変え、お出かけする時はスマホ・指・お財布が必需品といってくれています。微力ながら自信をつけたり人生を変えれるのはすごく嬉しく思いますね。エピテーゼは外見を回復することだけでなく、『心』も回復するアイテムだと思っています。

 

ー中長期的に田村さんが目指している目標を教えてください。

5年以内に海外に支店を出したいです。もともと海外からきたエピテーゼですが、日本の技術力はやはり高いと感じています。そしてエピテーゼをアクセサリーやネイルも可能な「おしゃれアイテム」として広げていきたいです。
もう一つは、毎年群馬で開催していたエピテーゼの展示会を全国展開していきたいです。エピテーゼを知らない方が現物を触れる場所というのがまずないので、気軽に触ったり試着したり、技術者(エピテニスト)とお話できる機会を設けたいと考えています。また、来年のパラリンピックに合わせて東京のギャラリーで個展を開催することが決定しているので、そこから色々な人にエピテーゼが浸透して誰かの心の支えになれれば嬉しいです。

エピテーゼ装着

エピテみやびHP https://epitemiyabi.jp/

interviewer

田坂日菜子

島根を愛する大学生。幼い頃から書くことと読むことが好き。最近のマイテーマは愛されるコミュニティづくりです。

 

writer

河嶋可歩

インドネシアを愛する大学生。子ども全般無償の愛が湧きます。人生ポジティバーなので毎日何かしら幸せ。