アーティストが表現者として生き続けられる世界を。アートが生み出す、豊かな選択肢のある社会
アーティストやクリエイターとともに、イベントの企画やスペースの運営に取り組む濱田凜。アーティストに近い立場から見た、カルチャーの構造的課題や、表現者であるアーティストが抱える壁、またそれを乗り越えた先に描く理想について話を聞いた。
【プロフィール】濱田 凜(はまだ りん)
神戸大学工学部に在学中。小学生の頃、図工の先生から1枚の写真を見せられたことがきっかけで、アートに興味を持つ。2018年12月に、クリエイティブチームとしてBOY MEETS ARTを立ち上げ、イベントの企画やメディアの発信、大阪・中崎町のバー「カルチャークラブ」の運営などを行う。
もくじ
アートに、恋に落ちた少年
―濱田さんがアートに興味を持ったきっかけについて教えてください。
僕が小学校4年生のとき、図工の先生にある写真を見せられたことがきっかけです。それが、フランスの美術家であるマルセル・デュシャンの『泉』という作品でした。
休み時間にその先生から「これアートやけど、なんやと思う?」ってこの写真を見せられたんですけど、「いや、わかんないです」って言ったら、「これトイレやねん、男子トイレの便器」って言われて。そのとき、すごい衝撃を受けた記憶が鮮明に残っています。「トイレもアートなん?汚くない?」って思ったことをよく覚えていて。
それ以来、「芸術って結構なんでもありやし、おもしろいな」と思い始めました。
結局理系の道に進んだこともあって、芸術を専門的に勉強したことはなかったんですけど、ちょこちょこ美術館へ行ったり、芸術に関する本を読んだりしていた本を読んだりしていた時期もありました。大学で所属していたNPO団体を辞めて、次何しようかなって考えたときに、ずっと気になってた芸術にもう少し踏み込んで触れてみようと思って。
一度芸術をがっつり勉強してたとき、「こんな新しい世界の見方があるんや」って感動の連続だったんです。なんかずっとドキドキしていて、恋に近いような感覚で。そこで、「恋に落ちる」という意味の慣用句 ”Boy meets girl” をもじって、『BOY MEETS ART』という団体名で活動することを決めました。
ー現在、BOY MEETS ARTで行っている事業について教えてください。
アーティストやクリエイターと一緒に、イベントの運営やメディアの発信を行っています。今まで渋谷や大阪、神戸などでイベントを開催してきました。
チームのミッションとして掲げている、「アーティストが表現者として生き続けられる世界を創る」ことに加えて、小学校の頃の自分がそうだったように、芸術を通じて新しい世界の見方を提案したいと思っています。イベントやメディアで関わったお客さんたちが、アートやクリエイティブに恋に落ちる体験を届けられたらいいなと思って、イベントやメディアを運営しています。
クリエイティブにも100円マックが必要
―BOY MEETS ARTのイベントでは、どんなテーマを扱うのでしょうか?
去年の10月には、14組のアーティストがステッカーを販売する「ステッカー革命」というイベントを開催しました。ファッションブランドを持っている人や、写真を撮る人、映像を作る人など、いろんなジャンルのアーティストやクリエイターが作った約100種類のステッカーを数百円で販売し、たくさんのお客さんに来てもらうことができました。
表向きはおしゃれなステッカーを売るイベントだったんですが、僕たちが目指していたのはアーティストが抱える課題を解決することでした。
日本では、クリエイティブにお金を払う習慣がまだまだ醸成されていないと言われています。日本の経済規模は大きいのに、芸術の市場規模はかなり小さい。「デザインがなぜこんなに高額なのかわからない」「そもそもクリエイティブの価値がわからない」といった議論はよく耳にすると思います。
その議論に対して、僕らは消費者目線からアプローチしたいと考えました。普通の人の感覚だと、クリエイティブは値段が高いと感じることが多いと思います。それは、初めてマクドナルドへ行ったお客さんが、ビッグマックに1,000円を払えないのと同じだと思うんです。美味しさがわからないのに、いきなり1,000円の商品に手を出せないですよね。
だからマクドナルドは100円マックを売っているんです。100円マックは値段も安くて美味しいから、初めてのお客さんでも買いやすい。それで美味しいと思ったら、次は150円のチーズバーガー、その次は300円の…といったストーリーが描かれています。いつのまにかすごくファンになっていて、新しい商品が出る度に買ってしまう人だっていますよね。
一方、クリエイティブの課題はと言うと、いきなり「4万円の作品を買ってください」と言われても、普通のお客さんの感覚だと「高い」と感じてもしょうがないと思います。じゃあ何が必要なのかと言うと、クリエイティブにおける100円マックのような存在です。僕らは、それをステッカーで作れないかと考えました。
ステッカーのことを「小さい作品」って僕らは呼んでるんですけど、手に取りやすくて、でもクオリティの高いステッカーをきっかけにアーティストやクリエイターを知って、次はその人の個展に行って、その次は作品集を買ってみようという導線が考えられると思います。まずはステッカーで1歩目を作ることで、クリエイティブにお金を払う習慣が作れたらいいなというのが、「ステッカー革命」というイベントのコンセプトでした。
過剰なトップダウンが当たり前の、カルチャーの世界
―「アーティストが表現者として生き続けられる世界を創る」をミッションに活動されているBOY MEETS ARTですが、約1年半活動を続けてきて、どんな課題が見えてきたのでしょうか?
カルチャー自体が抱える、構造的な課題が見えてきたと思います。わかりやすいところで言うと、音楽においてはお金と知名度を持っているレーベルに所属して初めて「メジャーデビュー」とされます。それをみんなが聞き始めて、今の流行りの曲になっていくとか。芸術も同じで、有名なギャラリーに所属して初めて作品に値段が付きます。過剰にトップダウンだなと思うことが多かったんですよね。
想いとクオリティを持ち合わせた良いアーティスト、クリエイターはたくさんいるのに、知名度やお金を持った人たちの都合によってカルチャーが決め打ちされている状況が、過剰だなと思っていて。
もちろんトップダウンであることの良さもあるんですけど、本来のカルチャーって、時代の当事者になっていく若者の感情や衝動によって、ゆっくり醸成されていくものだと思うんです。それを僕と同じ同世代の子たちがバイアスなく享受し共鳴できる機会や場所ってあまりないんですよね。
自分の過去の購買情報から行き過ぎたターゲティングが行われ、さらに他人の評価が過度に可視化されるようになった世の中で、「自分たちが素直に好きと思えるものを、ボトムアップで作ったり伝えたりしていかないと」という想いから、現在はユースカルチャーの発信と醸成がコンセプトのシーシャカフェ「カルチャークラブ」の運営も行っています。
「カルチャークラブ」では、お客さんの8割程度がアーティストやクリエイターです。世の中って、ドレスアップして集まる場所は多くても、ドレスダウンして集まる場所はそんなに多くないなと思っていて。
「カルチャークラブ」は、好きな映画のシーンや、ジェンダー、恋人の話など、どんなこともオープンに話せる場になっています。アーティストやクリエイターが安心して集まれて、世の中とつながれる場所にしたいと思っています。
―カルチャー自体に構造的な課題があるんですね。それに加えて、「アーティストが表現者として生きる難しさ」とは、具体的にどういったものでしょうか?
僕が尊敬しているアーティストに、写真家の仲間がいます。ただ綺麗なものを撮ることにはあまり興味がなくて、「そこにどんなストーリーがあるか」ということを突き詰めている写真家です。
コロナの影響でステイホーム期間が続き、なかなか写真を撮りに行けなくなっていました。それで彼がどうなったかというと、目に見えて元気がなくなっていって。僕と話しているときは大丈夫そうでも、一人になると溜息をついて元気がなさそうで。
そのときに、「やっぱり普通の人と彼らアーティストって全然感覚が違うんだな」と思いました。ただおそらく一般的には、写真って娯楽や趣味みたいに見えるんですけど、彼らにとってはまさに「生きる術」だと思うんです。生みの苦しみを知っている分、そこから得られるものも大きくて。
彼の場合は、やっぱり撮れないとしんどいんだなと気づきました。世間とアーティストの認識の違い、つまり世間から娯楽と見えても彼らは生きるためにやっているという認識のズレは、自分の活動を通じてどうにか埋めていきたいと思っています。
アートが生み出すのは、選択肢がある社会
―濱田さんにとって、「アート」の定義とはどんなものでしょうか?
そもそも定義するのは恐縮ですが、主に2つあると思っていて、1つ目は「新しい世界の見方を提案してくれるもの」です。ものが溢れる現代って、新しいものを作るのはどんどん難しくなっていて。でも、僕が小学生の頃に体験した『泉』の衝撃のように、今あるものの見方を変えることで相対的に価値が上がっていくことはあり得ますよね。社会的にも重要だし、シンプルにわくわくするなと思っています。
2つ目は、「ストーリーがあること」です。マルセル・デュシャンの『泉』が提起した、「芸術を芸術たらしめているのは、その美しさではなく、その裏にあるコンセプトやストーリーだ」というメッセージもまさにそうで、そのストーリーが個人の物語とどれだけ交わるかというのが重要だと思います。物語を紡ぐものとしてのアートは、今後ますます重要な役割を担っていくと思いますね。
僕たちがイベントを作るときも、いつもその先のストーリーを意識しています。つまり、参加してくれる一人ひとりの個人の物語にどれだけ寄り添えるかということですね。個人の物語と、作り手である誰かの物語が交わる点を作ることで、「自分だけの好きなもの」が見つかります。コンビニでは、文房具は1種類しかないけど、タバコは100種類の銘柄がありますよね。誰もが使えたらいい文房具とは違って、タバコは自分の好きな銘柄がそれぞれあるから、品揃えにも表れています。アートが社会に必要なのは、コンビニのタバコのように、豊かな選択肢がある社会に通じているからじゃないかと思います。
―最後に、BOY MEETS ARTを通じた中長期的な目標について教えてください。
今までの1年半は、自分たちが素直に応援したいと思えるアーティストやクリエイターとたくさん関わったことで、彼らが抱える課題が見えてきた期間でした。次のステップとして、今年の6月から始めた「カルチャークラブ」は、応援したいアーティストやクリエイターが安心して集まれる場所になりました。
そして彼らが安心してつながった先にやるべきことは、資本主義の世界でちゃんと勝つための仕掛けを作ることだと思います。みんなで一流になって、みんなでカルチャーを作れる土壌を作っていきたいなと思っています。
BOY MEETS ART https://boymeetsart.com
interviewer
細川ひかり
生粋の香川県民。ついにうどんを打てるようになった。大学では持続可能な地域経営について勉強しています。
writer
田坂日菜子
島根を愛する大学生。幼い頃から書くことと読むことが好き。最近のマイテーマは愛されるコミュニティづくりです。
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