「山月記」から学ぶ、自意識過剰から解放される方法

山月記と自意識に関する考察

中嶋敦「山月記」を読んで「虎になった李徴、厨二病!」という気持ちになったので、あらすじ及びポイントをまとめました。

厨二病というと皆さんと関係ないようにも思えますが、自意識と他人の評価などにずれがある方や、自分がどう見られるかに苦しんでいる若手社会人にはおススメ出来ると感じたので記事にします。

登場人物

登場人物は2人、李徴と袁傪。とても分かりやすい話です。

李徴:秀才。科挙に合格するも、プライドが高く周囲になじめず、あっさり役人を辞めて百年名の残るような詩人を目指す。思った通りに行かず、彼の生活は困窮し、下級役人になるが、その自分を許せずに最終的に虎になってしまう。

袁傪:秀才。李徴の数少ない友人。科挙に合格し、穏やかで柔らかい人柄から、性格のきつい李徴ともぶつかることがなく友人関係を続けていた。人格面を含めると総合力で出世するタイプで、虎になった李徴ですら受け容れる包容力がある。

あらすじ(出典:Wikipedia)

唐の時代、隴西の李徴は若くして科挙試験に合格する秀才であったが、非常な自信家で、俗悪な大官の前で膝を屈する一介の官吏の身分に満足できず詩人として名声を得ようとした。

しかし官職を退いたために経済的に困窮し挫折する。
妻子を養う金のため再び東へ赴いた李徴は、地方の下級官吏の職に就くが、自尊心の高さゆえ屈辱的な思いをしたすえ、河南地方へ出張した際に発狂し、そのまま山へ消えて行方知れずとなる。

翌年、李徴の旧友で監察御史となっていた袁傪(えんさん)は、旅の途上で人食い虎に襲われかける。虎は袁傪を見るとはっとして茂みに隠れ、人の声で「あぶないところだった」と何度も呟く。

その声が友の李徴のものと気づいた袁傪が茂みの方に声をかけると、虎はすすり泣くばかりだったが、やがて低い声で自分は李徴だと答える。そして人食い虎の姿の李徴は、茂みに身を隠したまま、そうなってしまった経緯を語り始め、今では虎としての意識の方が次第に長くなっているという。

李徴は袁傪に自分の詩を記録してくれるよう依頼し、袁傪は求めに応じ、一行の者らに書きとらせる。自分が虎になったのは自身の臆病な自尊心、尊大な羞恥心、またそれゆえに切磋琢磨をしなかった怠惰のせいであると李徴は慟哭し、袁傪も涙を流す。

夜が白み始めると、李徴は袁傪に別れを告げる。袁傪一行が離れた丘から振り返ると、草むらから一匹の虎が現れ、月に咆哮した後に姿を消す。

絵:辺境

厨二病ポイント①

臆病な自尊心

詩によって100年続く名声を得ようとした李徴は、師匠をつけたり、詩友と交わり切磋琢磨することがなかった。
結果として、次第に世の中と離れてしまい、ますます臆病な自尊心を飼い太らせる結果となってしまいました。
ビジネススラングでTTP(徹底的にパクる)という言葉があります。競合他社の素晴らしいプロダクトややり方、先輩や社内の素晴らしい事例とそこに至った考え方や背景を理解し、いい点を取り入れることで自身や自組織の成果が一気に向上します。李徴のように、他人から学ぶことをしないとますます臆病になって学べなくなる、という負のスパイラル(厨二病でいうところの”こじらせ”)に陥ってしまいます。

厨二病ポイント②

尊大な羞恥心

李徴は、恥をかかないように横柄にふるまったが限界がありました。
人間は誰でも猛獣使いであり、その猛獣に当たるのが李徴の場合は虎だったのだ。虎になって彼は初めて、虎になった事が運命のいたずらではなくて、李徴自身の羞恥心が虎にしてしまったのだ、と気づきました。

ビジネスの世界では振り返りが重視されます。PDCAを回す、等はどの新入社員でも上司から口を酸っぱくしていわれた事でしょう。李徴は自身の意思決定と、それに伴う行動を適切に振り返る事が出来ていませんでした。ゆえに過去の栄光(上級官吏の身分)に囚われて、現在の境遇(下級官吏)を自ら選択しているにもかかわらず、プライドが納得できずに発狂してしまいました。

李徴の最後の幕引き

虎に戻らなければいけない時が来て、李徴は袁傪に対して「妻子に対して、李徴は死んだと伝えて欲しい、そして今日の事は明かさないで欲しい」最後のお願いをした。そこで妻子よりも詩業を気にかけている男だからこそ虎に身を堕とした事を嘆きました。離れた丘から袁傪一行が振り返ると虎が月に咆哮し姿を消します(=人間の心を消し、虎に戻ります)。
そうして、李徴の心は袁傪に完全に吐露されて、この物語は終わります。

最後は、李徴は本人の自意識を正しく見つめなおすことができ、終幕をするという物語です。自意識を正しく見つめられた時には時すでに遅し、という早い展開ですが、それがこの物語のレトリックであり、美しさでもあります。

 

いかがでしたでしょうか。コンフォートゾーンを抜け出せていない方、是非この機会に李徴を反面教師として一歩踏み出してみてはいかがでしょうか。自意識の強さゆえの苦しみは、失敗や挫折などの体験を通じて姿を現します。

ところで、ジョハリの窓という、自己の公開とコミュニケーションの円滑な進め方のために提唱された概念があります(自分・他人、認知している・していないのマトリックスで、出来る限り自分も他人も認知しているゾーンを広げましょうという考え方)。フィードバックを通じて、自意識と他人の思う自分を揃えることで、自意識と適度に付き合いながら、次につながる一歩を踏み出したいところですね。

 

書き手:辺境


大手IT企業で海外事業の経営企画・経営管理を8年勤めたのち、マーケティング系スタートアップにてバックオフィス全般を担当し、その後talikiにジョイン。世界一過酷なレースと呼ばれるサハラマラソン完走したほか、キリマンジャロ山登頂、ソマリランド訪問や南極訪問をしてきたアウトドア派。に見せかけて実はインドア。ドゴン族、読書、料理が好き。