小さな役割から生きがい創出。若者から高齢者まで、誰もが活躍できる社会に

人口2万5千人の市町村で、介護事業からカフェ経営、就労支援を行う中林正太。目の前の人と向き合い続けた結果、地域で人のつながりを生み、少しずつ地域が活気を取り戻している。地域で認知を広げるための地道な努力と、若者から高齢者まで「誰もが活躍できる仕組み」を作りたいと意気込む理由を聞いた。

【プロフィール】中林正太(なかばやし しょうた)
佐賀県嬉野(うれしの)市出身。福岡の専門学校で学んだ後に地元に帰り、介護職に就きながら地域活性化のイベントを開催する。現在はHappy Care Life株式会社 代表取締役として介護事業所を経営するほか、嬉野市の廃校を活用したカフェ経営や高齢者の就労支援などを手がける。

 

高齢者と若者の双方に向けて事業を始めた理由

―まず、現在取り組んでいる事業について教えてください。

大きく分けて、介護サービスとカフェと高齢者の就労支援をやっています。介護事業所として「デイサービス宅老所 芽吹き」のほか、廃校を活用したカフェ「分校Cafe haruhi」、あとは高齢者の就労支援という形で「生涯現役の家 根っこ」を経営しています。

 

―最初の事業である「デイサービス宅老所 芽吹き」を立ち上げたきっかけは何だったのでしょうか?

高校を卒業した後に福岡の専門学校へ行き、犬の訓練士を目指していました。しかし夢破れて21歳で嬉野に帰ってくることになりました。何をしていいか分からずふらふらしていた自分を見かねて、看護師としてデイサービスで勤めていた母に「何もすることがないなら手伝いに来てよ」と言われて介護に出会いました。

介護に関わり始めた頃は、「ただじいちゃんばあちゃんと喋るだけで給料もらえる、なんて楽な仕事なんだ」と思っていて。周りは経験者や資格を持っている人がいる中で、何の知識もない自分が飛び込んだからには、若い自分にできることは「本当の孫のように思ってもらうこと」だと思ったんです。そこに来ているじいちゃんばあちゃんのことを、本当の祖父母のように思って関わっていました。

そういう思いを持って関わるうちに、介護保険制度に疑問を感じることも増えてきました。デイサービスって国から各事業所に入るお金が決まっていて、質を高めようとかサービスを良くしようとすればするほど経費がかさむんです。経営者からすれば、入ってくるお金は変わらないので、何もしないほうが利益が出る。だからどうしても「何もするな、座らせておけばいい」みたいな考え方がありました。

 

同時に、嬉野に帰ってきたとき、若い人がめちゃくちゃ少ないと感じました。祭に行っても閑散としていて、これはまずいと。そこで九州の20代、30代を呼んで農業体験のイベントをやり始めました。介護の仕事をしながら片手間で始めたんですけど、これがけっこううまくいって、やっていて楽しかったんですよね。来てくれる若い人たちもすごく喜んでくれて、幸せってこういうことかなと思いました。

その一方で、若い人向けのイベントをやればやるほど、介護で関わるじいちゃんばあちゃんとのギャップが大きくなっていく気がしてすごく悩んだんです。自分の将来を考えたときに、介護をずっとやっていくのか、イベント会社を立ち上げて若者向けのイベントでやっていく方がいいのか。ずっと考えていると、あるとき「高齢者と若者を分けて考えなくてもいいかもしれない」と思ったんですよね。「高齢者と若者向けの事業を合体させたら、やりたいことが全部できる。じいちゃんばあちゃんも楽しくなるし、そこに来る若い人や観光客も楽しめるような場所を作れる」と思って、じゃあ自分でやってみようと始めたのが「デイサービス宅老所 芽吹き」です。

 

―「芽吹き」では、どんな取り組みをしているのでしょうか?

例えば、味噌作りプロジェクトは特徴的です。デイサービスで味噌製造業の許可を取得して、デイサービスを利用するおじいちゃんやおばあちゃんと一緒に味噌を作り、販売まで一緒にやります。

嬉野のような地域では、80代や90代のおばあちゃんにとって味噌を手作りするのは当たり前の文化なんです。一方で、僕らの世代は味噌を自宅で手作りする経験はほとんどなくて味噌は買うのが当たり前です。世代による「当たり前」の違いに価値があると思い、おじいちゃんやおばあちゃんとデイサービスで味噌を作って販売しています。嬉野に来た観光客向けにも味噌作りイベントを行っていて、若い人との交流の場にもなっています。

味噌作りって、豆を潰す作業とかけっこう重労働なんです。それもおじいちゃんやおばあちゃんにとってリハビリになります。販売もおばあちゃんたちと一緒にやるので、地域のマルシェやイベントに売り子として立つと、みんな思った以上に生き生きされてますね。

 

地域の思い出が詰まった分校をカフェとして残す

―介護とは全く別の分野で、廃校を活用したカフェにも取り組まれていますね。どんな思いでカフェを始めたのでしょうか?

元々分校で1クラスだけの小さな校舎でした。平成13年に廃校になった後、地域の方によって管理されて公民館のように使われていたようです。でも人口100人、高齢化率46%という地域で、住民による管理が難しくなってきたということで泣く泣く市に返還されました。返還された市としても何も計画がなく、そのままにされていました。

僕が実際に見に行ったときは、地域の方の「こうしたい」という要望はほとんどなかったです。ただ、この場所がもったいないと思ったんですよね。1クラスだけの小さくておしゃれな建物で、学校として140年の歴史もある。地域の思い出が詰まったこの場所を、僕たちの代でなくしちゃいけないという思いが一番でした。

分校Cafe haruhiについて書かれたnoteはこちら。 廃校になった分校をCafeにした話

 

―「分校Cafe haruhi」には、どんなお客さんが来るのでしょうか?

半数は県外の人で、福岡や長崎の若い人からファミリー層がメインになります。haruhiの場合は、おしゃれなカフェという見方をされることもありますが、廃校を活用した歴史的なものという意味で、けっこうご年配のお客さんも来ていただいたりと、幅広い年齢層のお客さんがいますね。
地域の方だと、昔ここで先生をやっていたとか、ここに通っていたという方がお客さんとして来てくださいますし、ここで同窓会をしてもらったこともあります。

 

―地域の中に深く入り込むにあたり、多くの人から理解を得たり協力関係を築いたりするために大事なことは何だと思いますか?

やっぱり田舎なので、やると決めたら頑張るのはもちろんですが、「まずは筋通せよ」という感じは間違いなくありますね(笑)。なのでデイサービスにしてもカフェにしても、まず区長さんに挨拶に行って、地域の集まりに顔を出して「こういうことをやっていくので、迷惑かけたら何でも言ってください」と言って…という段取りは当たり前にしないといけないなと思っています。

そういうことをやればやるほど協力してもらえるんですけど、年数が経ってきてカフェの方では「草払い(草刈り)をもっとちゃんとせろ(しなさい)」とか言っていただくこともあります。見限られるのではなくて、気にかけてもらっている証拠だと思うのでありがたいですね。そういう意味では、プレッシャーは年を追うごとに大きくなってくるかもしれません。

 

目の前の人のために行動した結果、地域が少しずつ元気になる

―介護にカフェ、就労支援と全く違う分野で事業を立ち上げ続けている中林さんですが、経験がない事業に取り組みながら成果を出せるのはなぜでしょうか?

周りからは介護と飲食はまったく別物と見られがちですが、自分にとってはイベントをやり始めた21歳の頃からやっていることは変わっていません。結局のところ、地域を良くする手段として介護とか飲食を行っているので、異なる分野をやっているという感覚はそんなにないですね。目の前の人のために自分ができることをやった結果、地域が元気になったり盛り上がったりすればいいなと思っています。

とは言え、イベントしたいと思っても、自分はたまたまネットで調べながらやったらうまくいったんですけど、ふつう最初は何もわからないじゃないですか。他の地域では役所とかに企画書を持って行ったらたらい回しにされたという話も聞いたことがあります。周りの人が受け入れてくれなかったら僕も折れていたと思うし、今の事業も何一つないと思います。小さなことでも、やりたいと声を上げた人に対して、みんなでやろうという意識が大事だと思います。僕の場合も、小さな成功体験を積み重ねられたのは大きいですね。

 

―中林さんにとって、地域の人からの反応で印象に残っているものはありますか?

デイサービスでおばあちゃんたちと作った味噌を、地域で販売していたとき、味噌を買った人が涙を流して喜んでくれたんです。「地元のおばあちゃんたちが作った味噌を、こうやって買えるのが嬉しい。これからも頑張ってください」と話してくれて、その姿を見たときは嬉しかったですね。

あとはカフェの方で言えば、「あんたたちが頑張ってくれたから自分たちはこうやって集まれた」という声を聞くと、やってよかったなと思います。思っていた以上に地域のつながりは薄くなっていたみたいで、自分の事業がきっかけで人と人がつながる場に立ち会えるのは嬉しいです。

 

役割を持つことで、すべての人が自分の力を発揮できる社会に

―「誰もが活躍できる仕組み」を掲げて事業に取り組む中林さんですが、そこに込めた思いを聞かせてください。

高齢者とかデイサービスに通っているだけで「何もできない人」とか「お世話を受ける人」という固定観念があると思います。カフェの方だと、その地域に住んでいる方はすごく魅力的なのに「山間地だから何もできない」と思っているとか。そうではなくて、何かしらちょっとしたきっかけで人は輝けるし、本来持っているものにスポットを当てて形にすることで何歳になっても活躍できると、あらためて自分も事業を通して感じています。

それって高齢者に限らず、若い人でも障害を持っている人でも一緒だと思っていて。世代を問わず、みんなが持っている力を生かし合えるような仕組みができたらいいなと思っています。

 

―最後に、今後の目標を教えてください。

「誰もが活躍できる仕組み」を通して、支える/支えられるじゃなくて、お互いに支え合ってそれぞれが役割や生きがいを持って過ごせる社会になればいいなと思っています。生きがいって「役割を持つこと」だと思っていて、いたれりつくせりの状況って果たして幸せなのか生きがいが持てるのかと考えると、僕は無理だと思うんですね。何かしらの形で、ちょっとしたことでもいいので役割を持つことが生きがいにつながると思っています。
個人の目標としては、嬉野を最後まで役割や生きがいを持って過ごせる場所にしたいですね。

 

デイサービス宅老所 芽吹き HP http://happy-mebuki.com/information/
分校Cafe haruhi HP http://cafe-haruhi.com/

 

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interviewer
河嶋可歩

インドネシアを愛する大学生。子ども全般無償の愛が湧きます。人生ポジティバーなので毎日何かしら幸せ。


writer
田坂日菜子

島根を愛する大学生。幼い頃から書くことと読むことが好き。最近のマイテーマは愛されるコミュニティづくりです。

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