ガーナで起こすカカオ革命。世界の裏側に想いを馳せるカカオ取引の仕組みとは
チョコレートが大好きという想いから始まり、ガーナでカカオ取引の構造を変えようと奮闘する田口愛。高品質な豆を農家さんと共に生産し、その利益を現地に還元する仕組みを整えている。チョコレートやカカオ農家への愛、その先に見据える持続可能な取引の仕組みについて聞いた。
【プロフィール】田口 愛(たぐち あい)
Mpraeso合同会社CEO。国際基督教大学3年生。幼少期からチョコレートが好きで、カカオ農家に会うために19歳でガーナに渡航。ガーナのカカオ豆が低価格で取引され、現地の人たちが困っている状況を知り、農家と一緒に高品質のカカオ豆を作る事業を始める。同時に日本でカカオからチョコレートを作るワークショップなども開催している。
もくじ
農家さんと共に高品質のカカオ豆を作る
—事業について具体的に教えてください。
ガーナで現地の人と一緒に高品質なカカオ豆を生産し、その付加価値によって生まれた利益を現地の人に還元する仕組みを作っています。ガーナでは政府が豆の品質に関わらず一定価格で買取を行なっているため、農家さんの良い豆を作ろうというモチベーションが低いんです。また、価格がコントロールされ、中間で政府に搾取されてしまうため、農家さんが経済的に苦しんでしまうという実態もあります。
そこで、私たちは農家と政府の間に入り、農家さんには農業教育をして一緒に高品質な豆を作り、政府の倉庫に入っても他の豆と区別してラベルをつけてもらうことで、価値が保存されたまま日本に輸入できるような仕組みを整えています。そして、プラスアルファで得られた収入を農家さんに還元しています。ガーナでは農家さんとの直接取引は禁止されていますが、政府と交渉を行い、利益の現地への還元という形での介入を許してもらっています。
私たちは農家さんからカカオ豆を政府の買い取り価格の1.3~1.4倍くらいの価格で買い取っています。高品質って言ってもなかなか難しくて、今まで品質っていう概念がないような世界だったので、何が良いとか悪いとか外部の情報がそもそも入ってこないんです。そこで、農協組合のようなものを作り、現地の農家さんたちに加入してもらって、豆の発酵や乾燥について教えたり、設備を整えたりしています。今は500人規模の村で実験的に行なっていて、そのうちカカオ農家さんは70人くらいいるのですが、全員が農協に加入してくれています。最近では周りの村の農家さんも自分たちの豆を買い取ってほしいと持ってきてくれるようになり、全体としては200人くらいが農協に入っています。
—どのように政府と交渉されたのでしょうか?
現地で農家さんと一緒に良い豆を作っていく中で、政府にも話す必要があると思い、現地で様々な人に自分の活動について伝えていました。するとたまたま出会った方が、中学時代の友人がカカオ省にいるよと繋いでくれました。最初は全然相手にされませんでしたが、チョコレートを渡したり、熱心に思いを伝えていたりしたら、話してくれることになって。カカオ省は国全体のカカオを管理してくれていますが、今まで流通するだけでお金を取れるという楽な現実があったので、今の制度を変えたくないという人も中にはたくさんいます。しかし、このような状況で農家さんのモチベーションがどんどん下がり、ガーナの豆は品質が低いと評価されれば、買取が減ってしまう。それでは将来的に国が貧困に陥ってしまうのではと危惧する人も増えています。なので、交渉していく中で私たちの活動にも興味を持ってくれて、今の地域へ利益を還元する形での介入の許可を得ることができました。将来的には一緒に協力して既存の政府の仕組みそのものを変えていければと思っています。
—現状日本が輸入している8割のカカオ豆はガーナ産です。カカオ豆の品質が悪いことは、取引をする日本の企業や購入するショコラティエにとっても悪影響ですよね。この仕組みを変えようという声が今まで上がらなかったのはなぜなのですか?
そもそもガーナという国は行きづらいですし、実際に行っても農家さんとのコネクションを作るのが難しい。以前大手の商社が介入しようとしたこともあるそうですが、ビジネス文化の違いなどから撤退してしまったと聞きました。ガーナのように直接取引が禁止されている国では、良い豆を作っても特別なステッカーを貼ってもらうなど政府の倉庫に入っても他の豆と混ざらないようにステークホルダーそれぞれにお願いをする必要があり、細かくて大変なんですよね。もし良い豆を作ることが目的なら、インドネシアやブラジルで農家さんと直接取引をする方が楽なのでそれらの国で事業を行う企業がほとんどです。しかし、味のバランスやコクなど、やはりガーナの豆にしかない良さがあります。ハードルは高くても、ガーナでこの事業を行う意義は、生産者だけでなく、ショコラティエさんや消費者にとっても大いにあると感じています。
—農家さんからはどのような反応がありますか?
現地の農家さんと一緒に選別をしたり、もっと発酵や乾燥にこだわってみようと声をかけたりしながら、日本では同時に販路を探す。このようなサイクルを回すことで徐々に農家さんのモチベーションも上がってきて、すごく喜んでくれています。
また、村の人にもっとチョコレートを身近な存在にしてほしいという願いから、シンボルとしてチョコレート工場を建設しました。現地では、カカオは「金のなる木」と呼ばれるなど、カカオをたくさん作ったらヨーロッパの人が買ってくれるからという感じで作っている人が多くいます。でもそれでは高品質な豆を作るのは難しい。私たちが建設した工場では実際に農家さんが豆を持ってきて自分たちでチョコレートを作っています。より多くの農家さんがチョコレートの味を知ったり、自分たちのやっていることにもっと誇りをもてるようになってきていることを実感しています。
さらにカカオ豆の収益から出た利益を村に還元する事業として、現在実験的にマラリアの治療薬を各家庭に置いたり、パソコンを使った授業を村で実施したりしています。それを村の人がすごく喜んでくれて、もともと病院にいく習慣がなかったり教育を受けたことがなかったりする人たちも、実際に笑顔になっている人を見て、「もっと力を入れていきたいな」と思うようになりました。村全体が良い方向に向かっていることが本当に嬉しいです。
相手へのリスペクトを持った上で、自分の信念を伝える
—今まで事業に取り組む中で一番大変だったことは何ですか?
品質という概念がない世界で、そのシステムを変えることは想像の何倍も大変でした。私が関わっている村の農家さんは彼らなりにこだわりを持って頑張ってはいるけど、報われていなくて。例えば、一般的には茶色くて大きい豆が良いということを知らず、彼らは過発酵状態の黒い豆が良いんだと思っていました。このことを伝える時はただ否定するのではなく、「あなたたちが作っている豆もすごく美味しいしありがたいんだけど、どうしても茶色い豆じゃないと売れないんだ。だから協力してほしい。」というように伝え方を工夫しました。海外のニーズが行き届かないとギャップが生まれてしまって、頑張っても報われないという状況ができてしまいます。
また、日本全国のショコラティエさんに聞き、アンケートをとったり、チョコレート作りを学んだりもしています。ショコラティエさんのチョコレートにかける想いや豆に対する想いを理解しないと、本当に心に届くものはできないと思います。ショコラティエさんのもとで修行させてもらいながら、豆に関する悩みを聞き、その声をガーナでのカカオ作りに生かしています。
今までショコラティエさんとガーナのカカオ農家さんが繋がることは難しかったのですが、今の私の活動はその声を届け、ギャップを埋めていく、通訳者のような役割だと思います。
—関係構築で意識していることはありますか?
ガーナでは、現地の言葉を勉強したり、現地の文化にできるだけ馴染むように一緒のものを食べ一緒の水を使ったりして、ビジネスパートナーではなく、家族のような存在として受け入れてもらえるように努力しました。日本のショコラティエも、最初は自分なんかが連絡を取っていいのかなとという不安がありました。でも私は現地の人の声を実際に聞いているし、ガーナのカカオ豆の構造を変えたいという想いに自信を持ち、最近では積極的にどんどん話を聞くようにしています。
アフリカでも日本でも相手に興味があって本当にリスペクトしているんだということを伝えた上で、言語が通じる通じないに関わらず想いを伝えることを意識しています。
—事業をする上で、ここだけは譲れないということは何ですか?
ワクワクすること、楽しいことをやるっていうのは大切にしています。ビジネスをしようと心がけているというより、今の活動がすごく楽しくて。現地の人と一緒に良い豆作ろうって頑張ったり、日本のショコラティエさんに良い豆できましたって伝えたり。自分が好きなことや世界にとって良いことだという信念を持って活動していれば、結果的に後からお金が付いてくると思います。現地で4回マラリアにかかって死にかけたりとか詐欺に遭いかけたりとかして、なんでそこまでしてやるのってよく言われるんですよ(笑)。でも私にとってはカカオ農家さんの生き方とかチョコレートとかいろんな好きが詰まっているのが私の事業なんです。
私はもともと暗い性格だったんです。現地に初めて行ったときは病院も学校もなくて、”ない”ものだらけだなって思ってしまって。でもそんな状況でもすごく楽しそうに生きている彼らは、身の回りの”ある”ものに目を向けていました。幸せになるための秘訣や価値観を本当にたくさん教えてもらったので、私は彼らのことが大好きなんです。もっともっと笑顔を見せてほしいなと思うので、マラリアになって死にかけても、まだ死ねないなと思いながら頑張っています(笑)。
これだけ農家さんのことが好きだと、ずっと現地の人たちと一緒に活動したい気持ちはありますが、そうは言っても海外から来た私がいないと回らない状況って健全ではないなって思っていて。現地の人たちが自立して経済的にも回していくところを目指して欲しいので、私は適度に離れながら現地の人にどんどん役割を渡していっています。
世界の反対側にいる作り手に想いを馳せてほしい
—事業を通して思い描いている未来を教えてください。
チョコレート業界は生産者と消費者が分断されています。なかなかチョコレートを食べる時、作り手に想いを馳せる機会ってないですよね。作る人と食べる人がもっとフラットに繋がるために、ガーナでの活動と同時に、日本でのワークショップ実施やカカオ豆やチョコレートの販売にも今後力を入れていきます。私は「カカオを通じて世界の反対側のことをちょこっと思い浮かべてください」と言っていて、チョコレートだけでなく、いろんな商品についてみんなが世界の反対側にいる作り手に想いを馳せることができるようになれば、もっと優しい星になるんじゃないかなって思っています。
今、先進国と発展途上国というように分けられていて、様々なメディアでは「私たちが途上国のかわいそうな人たちを助けなければいけない」と思わせてしまうような状況が作られています。私がガーナの人たちにたくさんのことを教えてもらったように、どっちが上とか下ではなく、ただ対等に学びあえる存在として世界中の人が繋がれたらいいなと思います。
Mpraesoは現在クラウドファンディングに挑戦しています。詳細はこちらから。
【ガーナ×カカオ革命】ちょっと気分が上がるチョコレートを広めたい – クラウドファンディングCAMPFIRE
interviewer
河嶋可歩
インドネシアを愛する大学生。子ども全般無償の愛が湧きます。人生ポジティバーなので毎日何かしら幸せ。
writer
堂前ひいな
幸せになりたくて心理学を勉強する大学生。好きなものは音楽とタイ料理と少年漫画。実は創業時からtalikiにいる。