日本のジビエのイメージを変える。野生動物の命を生かすため師匠に学んだ技術とは

大学在学中に獣害の課題を知り、獣害を解決するべく起業を決意した笠井大輝。狩猟から解体、加工を学ぶために住み込みで修行し、仲間とともに技術を身につけた。獣害に苦しむ地域住民と、命を粗末にされる野生動物の双方を救うために、現在の事業を立ち上げた経緯を語る。

【プロフィール】笠井 大輝(かさい だいき)
龍谷大学政策学部卒業。大学在学中に社会課題解決を研究するゼミに所属し、獣害被害を解決するために起業を決意する。2019年11月に同じゼミの仲間2名と株式会社RE-SOCIALを立ち上げ、京都府笠置町を拠点として、獣害を引き起こすシカやイノシシを食肉加工して販売する事業を開始した。

 

日本のジビエが抱える多くの問題

―まず、ジビエについて教えてください。

ジビエとは、天然の野生鳥獣の食肉を意味する言葉で、フランス語が語源です。シカやイノシシ、ウサギなどが代表的で、他にもハトやキジなど狩猟の対象となっている動物は全てジビエに該当します。ヨーロッパでは高級食材として長い歴史があり、今でも多くの人に好まれている一方、日本ではまだ一般的に食べられているとは言えない状況です。

―日本でジビエが普及しないのは、どんな理由があるのでしょうか?

2019年の2月にジビエの事業をやると決めて、2,3ヶ月間構想を練りました。日本のジビエ産業の現状を調べる中で、主に3つの課題が見えてきました。
①肉が硬くて臭いというイメージ
②食肉部位が少なく、解体のコストが大きい
③安定供給が難しい

①については、実は間違ったイメージなんです。本来の鹿肉の特性は、臭みが全くなくてすごい淡白やって言われてるんですよ。お肉も、非常に柔らかい肉質だと言われています。日本では、その特性を引き出すための精肉技術が発達していないので、間違ったイメージが先行しています。
②については、家畜の食肉部位が6〜7割あるのに比べて、シカやイノシシは約3割とかなり少ないです。残りの7割は、事業者ゴミとして処分しなければならないので費用がかさみ、結果的に食肉部位の販売価格が高くなっています。
③については、野生の動物なので日によって捕獲量に差があります。一日で5頭かかる日もあれば、全くかからない日もあって。日本では、主に猟友会*という団体が狩猟を行っていますが、あくまで趣味で行う人がほとんどです。国としては猟友会に対して「どんどん獲ってください」という方針ですが、本業の合間を縫って狩猟を行う人が多いため、捕獲頭数はそれほど増えていないという問題があります。

*猟友会…野生鳥獣の保護、狩猟事故・違反防止対策などの活動、日本国内における狩猟者のための共済事業を行っている一般社団法人。全国に支部がある。

参考:一般社団法人 日本ジビエ振興協会 

 

徳島の師匠から学んだ、ジビエを広める秘訣

―そうした課題は、どのように解決できるのでしょうか?

事業構想を進める中で、徳島のとあるジビエ業者でバンバン食肉が売れているという情報を掴みました。ジビエの流通には様々な課題がある中で、なんでそんなことが可能なんやと疑問に思い、連絡を取って修行させてもらうことになったんです。2019年の5月から、解体や加工を学ぶために1ヶ月半住み込みで修行しました。徳島の師匠は80歳ぐらいのおじいちゃんなんですが、なんでも一人で軽々とこなしていて、今でも真似できないことがたくさんあります。

僕らの師匠のところでは、生きたままシカの血を抜くんです。それをすることで、肉の臭みは全くなくなります。日本では銃で撃ったり槍で心臓を刺したりすることが多いですが、そういう殺し方をすると血がうまく抜けずにお肉に留まって臭みの原因になります。生きたまま頸動脈を切って血を抜くことで、肉の臭みや硬さという課題はクリアできるとわかりました。
安定供給が難しいという点については、師匠のところでは多く獲れた日は一旦飼って、そこから徐々に出していく方法をとっていました。そうすることで、安定的に食肉の量を確保することができます。僕たちが現在取り組んでいる養鹿は、師匠のところで学んだ方法です。
食肉部位が少ないという点については、生きたまま血を抜くという方法をとることでハラル認証**の条件を満たすことになります。ムスリムの方は、内蔵や骨も全て料理に使う食文化なので、本来だと処分するはずの部位も含めて7〜8割の部位を販売することができるのが大きな特徴です。日本全国で、鹿肉でハラル認証を取っているのは僕らの師匠が唯一です。それで注文が殺到しており、僕たちもハラル認証を取得しようと考えています。

**ハラル認証…イスラム教徒が食べることのできる食品として、認証機関によって認められた食品のこと。食肉については、「イスラムの方式にしたがって屠畜されたもの」とされている。

 

―シカやイノシシによって引き起こされる獣害には、どんな問題があるのでしょうか?

農作物を食べられたり荒らされたりする被害のほか、営農意欲の低下や防護柵の設置コストの増加、車体との接触、イノシシとの接触による怪我などがあります。

 

―捕獲されたシカやイノシシはどうなるのでしょうか?
現在、捕獲されたうちの9割が焼却や埋設によって廃棄されています。事業を立ち上げる前に、食肉加工工場にヒアリングをした際、多くの工場では一日に2頭までしか受け入れられないと話してくださいました。だから5頭かかってしまった日には、「残りの3頭はそのへんで処分してください」と言うしかない。今は全国的にそういう仕組みになっているところが多いようです。
あとは、30キロ未満の個体は受け入れないという決まりもあります。解体の手間としては、30キロの個体と60キロの個体で変わらないので、食肉部位が多くとれる個体を優先して受け入れることで採算が合うという理由があります。

 

命ある動物をさばくことの重み

―師匠のもとで修行した際には、どんな苦労がありましたか?

やはりシカをさばけるようになるまでには、かなり葛藤がありました。事業の構想を練る段階では、自分たちがシカをさばくという事実がなかなかイメージできなくて。正直に言うと、ちょっと嫌だなって抵抗もありました。でも、野生動物による獣害と、野生動物が廃棄されていく問題に課題意識を持って始めた事業だったので、調査を進めたからには自分たちがやらないとこの実態は何も変わらないと思いました。そこからYoutubeで解体の動画を見て慣れようとしたんですけど、でも修行に行ってみると最初はやっぱり直視できないんですよ。見るのも辛くて。
ただ自分たちはそこから逃げられない、ちゃんと責任持って最後までやろうと3人で話しました。屠殺時の光景、感覚は何度経験しても慣れるものではありません。ただ、この事業がなければ、この野生動物たちはむやみに殺傷されて廃棄されると考えると、「自分たちがやらなくては」と力が入ります。

 

―現在、ジビエの事業では具体的にどんなことをされていますか?

一般の方向けの販売は、まだ準備中です。ジビエを流通させるには保健所の許可を得た工場が必要で、今は工場を建設しているところです。
今やっていることは、捕まえられたイノシシを精肉加工して、商品サンプルとして飲食店や食品業者さんに持っていったり、地域住民の方に食べてもらったりしています。あとは、捕まえたシカを一時的に飼育する養鹿(ようろく)にも取り組んでいます。

また、今も毎日狩猟のために山に入っていますが、野生動物の捕獲は、過去に死者が出たこともあるほど過酷な現場です。マダニが媒介する感染症にも注意が必要で、常に気が抜けません。

 

―笠置町を拠点に活動されていますが、地域の方からはどんな反応がありますか?

地域の方からは、もうどんどん獲ってくれという感じで応援してもらっています。畑をやっている方の中には、実際に農作物が獣害を受けている方も多いので、「いつも助かるわ」と言って野菜を分けてくれます。多いときは、一日に何十軒という農家さんから野菜をもらっていて、僕たちが助かっています(笑)。

 

他地域にも展開し、獣害の課題解決へ

―今後の展望について教えてください。

直近では、笠置町の両隣に位置する和束町と南山城村という2つの町村との連携を考えています。最初は笠置町だけで事業を行うことを考えていたんですが、隣の町村も同じ課題を抱えていることがわかりました。今自分たちが笠置町でやっているのは、その地域でも応用していけるようなシステムなので、まずは両隣の町村から広げていきたいと考えています。すでに猟友会や役場の方とも連携して動き始めているところです。
他には、滋賀の大津市や、奈良市の方から相談をもらっています。獣害被害は全国的な課題なので、どこでも困っている課題を今後はじわじわと横に展開していきます。

株式会社RE-SOCIAL  https://www.resocial-kasagi.com/

 

 

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    interviewer
    堂前ひいな

    幸せになりたくて心理学を勉強する大学生。好きなものは音楽とタイ料理と少年漫画。実は創業時からtalikiにいる。


    writer
    田坂日菜子

    島根を愛する大学生。幼い頃から書くことと読むことが好き。最近のマイテーマは愛されるコミュニティづくりです。

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