重度訪問介護のリーディングカンパニー。「大変なのに儲からない」と言われる介護業界で成長し続けるワケ
重度訪問介護サービスを提供している株式会社土屋。2020年に創業してからたった1年で従業員1200名を超える会社に成長し、介護分野のリーディングカンパニーとなった。代表の高浜敏之は長年介護福祉の社会運動に関わり、当事者の想いを目の当たりにしてきたからこそ、この業界に参画できたと語る。重度訪問介護の歴史や、マネタイズが難しいと言われる介護業界で成長し続ける理由について聞いた。
【プロフィール】高浜 敏之(たかはま としゆき)
株式会社土屋代表取締役。大学卒業後、介護福祉社会運動に参画。障がい者や難民など社会的マイノリティの支援活動に携わった後、介護系ベンチャー企業の立ち上げに参画。2020年8月に株式会社土屋を創業した。慶應義塾大学卒。
もくじ
介護福祉のトータルケアカンパニー
—現在の事業について教えてください。
メインの事業は在宅重度障がい者に対するホームヘルプサービスです。現在、北海道から沖縄まで40都道府県でサービスを提供しています。また、介護福祉系の事業をいくつか進めていて、高齢者対応のデイサービス、訪問看護ステーション、発達障がいの方を中心とした放課後等デイサービス、認知症対応のグループホームなどが立ち上がりつつあります。重度訪問介護などの在宅型・地域密着型サービスをメインに、トータルケアカンパニーを目指しています。
さらに、介護以外の事業として、土屋総合研究所というシンクタンク部門では今後いろんな調査研究をしたり政策提言をしたりしてきたいと思っています。その他にも、福祉や医療など隣接領域の情報発信を行うために電子書籍専門の出版部門を立ち上げていたり、知的障がいがある方のシェアハウスなども運営したりしています。
—どのような経緯で起業されたのですか?
20年前に、障がい者当事者運動のパイオニア的な存在である、現在参議院議員の木村英子さんに出会いました。これが介護・福祉業界に携わるようになったきっかけです。そこから30代前半はNGOで障がいのある方だけでなく、ホームレスの方、難民の方など社会的マイノリティの支援活動に関わってきました。しかしそのような活動を行っていた最中に、自身がアルコール依存症になってしまい、2年半くらい生活保護を受けて暮らすという経験をしました。そして依存症から立ち直った際、もう少し違う活動もしてみたいと思い、認知症対応型のグループホームで高齢福祉の分野におけるキャリアをスタートさせました。その後、介護系ベンチャーの立ち上げに参画し、その会社内で始めた重度訪問介護の事業を一部引き継ぐ形で2020年に独立しました。なので独立した時点で700名近い社員がいたのですが、1年間で1250名にまで成長しました。
重度訪問介護の誕生と現状
—重度訪問介護について詳しく教えてください。
重度訪問介護は、2006年に障がい者自立支援法という法律ができた時に生まれたサービスです。元々は身体障がい者のみが対象でしたが、今では知的障がい者や精神障がい者の方も対象に加えられていて、障がい類型を問わずに重い障がいのある方が利用できるホームヘルプサービスとなっています。最近では、れいわ新撰組から身体障がい者の方が2人国会議員になったことでメディアで話題になりましたよね。
日本では、1970年代に障がいのある方々が権利を訴える障がい者運動がスタートしました。当時障がい者の方々が、「施設に押し込められて自由が奪われている」と言って施設を飛び出すということが起こったんです。でもその時代は施設以外に何のサービスもなかったので、その方々はボランティアに支えられて地域で暮らしていました。しかしボランティアには限界があり、障がい者の方々がボランティアに給料を払うように国や自治体に要求をしたんです。この運動の結果、1973年に東京都に重度脳性麻痺者介護人派遣事業ができました。これが重度訪問介護の原型だと言われています。そこから対象者や時間の拡大がされていって、1990年代半ばには今の重度訪問介護と同じようなものができました。そしてさらに、2006年の法改正によって自治体制度から国制度になり、今の形に至っています。このように、障がい者福祉のサービスは当事者の戦いによってボトムアップに生まれたという特殊性があります。
—重度訪問介護の領域にはどのような課題があるのですか?
まずは人手不足です。実は行政の調査では、既にあるニーズは満たされていると言われています。しかしこれは申請をしてきた人のみをカウントしているので、申請はしていないが本当はサービスを受けたいと思っている、もしくはサービスを受けられることを知らないという人は含まれていないんです。そのカウントされていない人が非常に多いため、現場の声が届く私たちからすると、その潜在ニーズに応えるためには全く人が足りないという感覚があります。私たちだけではニーズの30~50%程度しか応えられていないというのが現状です。正直、重度訪問介護の分野では私たちが断ったらサービスを受けられないと言っても過言ではないほど、そもそも事業者の数が少ないんです。これは、重度訪問介護は報酬単価が低くマネタイズが難しいため、参画する事業者がほとんどいないのが大きな原因です。
次の課題として、地域間格差があげられます。現在、重度訪問介護のサービス利用者さんが利用料の何割を負担するのか、何時間サービスを利用可能なのかなどは、自治体の判断によって決定されています。その結果、ある自治体では24時間365日、月744時間サービスの支給が保証されるのに対して、隣の自治体では同じ障がいレベルの人に対して月200時間しか認められないというようなことが起こっています。その自治体にお金がなかったり、「施設に住んでおけばいいじゃん、親が面倒見ればいいじゃん」というように介護に対する認識が低かったりするため、このように極端な地域間格差が生じてしまっているのです。
—介護業界の課題に対して何か取り組んでいることはありますか?
私たちは、ALSや筋ジストロフィーと言われる、医療的ケアを必要とする重度障がい者や難病の方を対象としたサービスに力を入れています。医療的ケアとは喀痰吸引などで、このような一部特定医療行為を行うには研修を受け、資格を取得する必要があります。全体として人手不足な介護業界において、このように医療ケアを伴った介護が必要な方々は特に介護難民化してしまっている現状があるんです。そこで私たちは土屋ケアカレッジという研修事業も運営して、そこで研修を受け資格を取得することを可能にしました。この資格研修は常勤非常勤問わず新入社員全員に必ず受けてもらっています。医療ケアも実施できる介護資格を持った人を増やし、人手不足の解消に貢献したいと考えています。
—利用者の方の具体的なエピソードを教えてください。
利用者Aさんはターミナルケア(病気などで余命がわずかになった方に行う医療的ケア)としてサービスを受けることになりましたが、弊社の重度訪問介護サービスを受けることで家族負担が一気に軽減しました。その結果、「家族に迷惑をかけたくない」という死を受容する理由が薄まり、人工呼吸器を付けて延命する道を選ばれました。また、利用者Bさんは、重度訪問介護サービス提供事業者が皆無の小さな自治体に居所があり、施設の退院を諦めていたときに弊社と出会ったそうです。連絡をくださり、車で2時間かけてでも訪問すると担当者が応じたため、退院して在宅復帰することが可能となりました。
シンプルな施策を徹底的に磨く
—マネタイズが難しいと言われる重度訪問介護の業界で、成長を続けられているのはなぜだと思いますか?
まず、「きつくて儲からない」ために参画を躊躇する事業者が多い中で、儲かることを目的としていなかったからこそ、ファーストペンギンとして参画できたと思っています。福祉の分野に長年携わる中で、多くの当事者の方々に出会い、彼らの意思を継承していきたいというところが出発点でした。そこからなんとか試行錯誤する中で、マネタイズも結果的にうまくいって。それによって、働く人たちに他の事業者に比べて高待遇を示すことができるようになったんです。介護事業者の平均年収は370万円と言われていますが、私たちの平均年収は410万円です。さらに待遇のボトムアップだけでなく、キャリアアップの構造も整えました。これらの結果として、この環境に希望を持って多くの人が集まってくれて、会社が大きくなっていったんだと思っています。
—マネタイズがうまくいくために、具体的にどのような工夫をされたのですか?
非常にシンプルで、省いてもいいものは省くということを徹底しています。1つは家賃です。マネジメントクラスやバックオフィスは90%以上リモートワークをしています。採用の面接も100%オンラインで実施しています。社員からは「オンライン化したら1日にできる仕事量が増えすぎちゃって疲れる」なんていう声もあがるほど、生産性が向上しています。その結果、場所に依存しなくなったので立派なオフィスを借りる必要もなくなり、岡山県井原市というところに小さな本社を置いています。このように交通費やオフィス代など削れる経費を削ることで、高利益体質を生み出すことができました。また、介護分野では会社運営を評価され国から補助金を得ることができる制度があるので、それを利用しています。補助金も会社運営の重要な資金になっています。あとは、離職を減らすことです。一人離職すると100万円くらいコストがかかると言われていて。従業員満足度を高め、離職率を下げることを重視しています。給料を上げるというのもそのための施策の一つです。加えて、現場に対しては、定期的な待遇改善、ハラスメント相談窓口の設置、『小さな声プロジェクト』による定期的な聞き取り、経営の見える化のための月1回の全社対象オンライン説明会の開催などを行っています。奇抜なことはやらないけど、一つ一つの施策を徹底的に磨いていくことで全体としてハイパフォーマンスを実現するというのが、私たちの経営スタイルです。
—様々な事業を展開されていますが、それらに共通しているこだわりはありますか?
ミッション・ビジョン・バリューに基づいた意思決定かどうかを最優先し、経済合理性は二の次にするというところですね。社内起業のように新しい事業がどんどん出てくることが理想だと思っていて、新しい事業の展開はほとんど社員に任せています。社員がその事業に込めた想い、社会的意義などをまず聞き、それが経営理念にかなっているなら一緒にマネタイズを考えていくという感じです。人数が増えてもどんどん権限を委譲しているので、より多くの人をマネジメントしないといけないというような感覚は全くないですね。
社会課題が解決されるまで潰れない会社を作る
—今後の事業展開について教えてください。
まずは、一刻も早く47都道府県全てでサービスを提供できる体制を作りたいと思っています。特に地方では私たち以外に重度訪問介護のサービスを提供している事業者がいないという状況が多くあります。つまり、私たちが展開していないためにサービスを受けられないという状況があるので、これを早くなんとかしたいなと思います。あとは、新しい事業がいくつか立ち上がりつつあるのでこれらがしっかりと花開いていくのを見届けたいですね。中央集権的・ヒエラルキー組織というよりは自立分散型のネットワーク組織を目指しているので、来年にはホールディングス化も実現しようとしています。
私たちが滅びることは社会的に非常に大きな混乱をもたらすという自覚があるので、潰れない会社を作ることが最重要ですね。私自身は5~7年で経営の第一線から身を引きたいと考えています。その後は、この会社がいろんな社会問題を解決したいリーダーを育成し、やりたいことの実現、マネタイズのサポートなどがしっかりとできるようなイントレプレナー*プラットフォームになったらいいなと思い描いています。100年続く会社を作ろうとは一切考えていなくて、解決したい社会課題が解決するまで会社としての使命を全うしてきたいですね。
*イントレプレナー…社内で新規事業を立ち上げる「社内起業家」のこと
株式会社土屋 https://tcy.co.jp/
interviewer
掛川悠矢
記事を書いて社会起業家を応援したい大学生。サウナにハマっていて、将来は自宅にサウナを置きたいと思っている。
writer
堂前ひいな
幸せになりたくて心理学を勉強する大学生。好きなものは音楽とタイ料理と少年漫画。実は創業時からtalikiにいる。
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