自然を僕らの手に取り戻す。日本の食生活を救う、発酵の魅力とは
日本の伝統的な食文化である麹の魅力に惚れ込み、発酵を次世代に伝えるべく活動を続ける小泉泰英。発酵食品の製造・販売に取り組みながら、人間社会と自然界の関係にも考えをめぐらせる彼に、発酵に懸ける想いを聞いた。
【プロフィール】小泉泰英(こいずみ やすひで)
宇都宮大学農学部在学中に米農家で働いたことをきっかけに、食と農をつなげる発酵の可能性に注目する。在学中の2018年5月に株式会社アグクルを創業し、発酵を次世代に伝えることを目指して発酵食品の製造・販売を行う。
※2022年12月より株式会社オリゼに社名が変更となりました。
もくじ
今、日本の食生活に発酵食品が必要な理由
―まず、麹について教えてください。
麹が生活の中でどれぐらい使われているかというと、味噌や醤油をはじめとして、みりんや酢、日本酒などに使われています。砂糖や塩以外全部じゃないかっていうぐらい、麹を使った発酵食品が生活に根付いているんです。麹がなくては日本食と言えないほどに、国内だけでなく世界でも残っていくような食の根底を作っているものだと考えています。
麹には、発酵させることで生まれる麹本来の甘みや旨みがあります。砂糖やうま味調味料を入れて味付けをしなくても、麹の持つ甘みや旨みだけで料理が美味しくなるんです。
―アグクルでは、どんな事業を行っているのでしょうか?
発酵食品の製造・販売を行っています。塩麹や醤油麹といった発酵万能調味料のほか、発酵生ふりかけや甘酒も製造しています。
主に、3歳前後の小さい子どもを持つお母さんに向けて発酵食品を届ける事業を行っています。発酵食品の製造がメインですが、「発酵を次世代に伝える」という視点を持って、メディア運営なども行っています。
―麹を使った発酵食品が、次世代にも必要だと考えるのはなぜですか?
現代の食生活では、つい砂糖やうま味調味料をたくさん使った料理を摂りがちです。これらの調味料が一概に悪いのではなく、大量に摂取することが問題で、だんだん味覚が麻痺してくるんですね。すごく甘いものを欲したり、味が濃くないと満足できなくなったりして、将来的に生活習慣病になるリスクも高まります。麹の持つやさしい甘みや旨みを食生活に取り入れることで、より健康的な食生活を送る人が増えてほしいと思っています。
日本マクドナルドを創業した藤田 田(ふじた でん)さんが残した言葉に、「12歳までにハッピーセットを食べることが、将来マクドナルドに帰ってくる経営の秘訣だ」とあります。味の濃いものって、小さい頃に覚えると、大人になってもたまに食べたくなったり、自分の子どもにも食べさせたりしたくなります。ジャンクフードをたまに食べるのは全然いいと思うんですけど、それに慣れてしまうことで今のアメリカのような肥満大国が生まれているわけです。問題の根本を解決するには、子どもたちの食文化自体が大きく変わっていかなければならないと考えています。
―文化食としての発酵を伝える上で、工夫していることを教えてください。
どれぐらい発酵食品を食べるべきとか、ジャンクフードは食べてはいけないとはあまり言いません。ジャンクフードが敵だという認識よりは、「そういうものをたまに美味しく食べられるように、普段の食生活に気をつかっていきたいよね」と発信しています。
日本の文化と同じで、食事にもハレとケがあると思うんですね。非日常であるハレの食事を楽しめるように、日常的な家でのケの食事は、日本の伝統的な食文化である発酵食品の良さに気づいてほしいと思っています。
生産者の視点に立ち、発酵で食と農をつなぐ
―食と農をつなぐ手段として、発酵にたどり着いた経緯を教えてください。
消費者側の「食」のあり方と、生産者側の「農」のあり方で、真のニーズを把握できていないことに問題意識を感じていました。例えば、消費者の本当のニーズは美味しいキュウリであって、形にはそれほどこだわらないのに、お客さんがなんとなくまっすぐなものを選ぶから農家さんもまっすぐなキュウリを作るというのは、両者の間で真のニーズを把握できていないからだと思います。
そうした問題意識から、食と農のギャップをなめらかにすることがしたいと思っていました。今、すでに何社かのベンチャー企業が、農家と消費者を直接繋ぐ事業に取り組んでいるので、じゃあ僕たちはただ繋ぐだけでなくてもっと深く自分たちも関わっていこうと思いました。発酵って、生産者と消費者の垣根が農業よりも低いと思うんです。例えば、味噌は自分の手で作れるものなので、自分で味噌を作るとなるとまずは体験からでもすぐにできてハードルが低いなと。家庭菜園よりも準備が少なく気軽に始められる分、消費者が「食べる」と「作る」を行き来できるんです。
すでに消費者側からも生産者側からも根付いている発酵を切り口にすることで、食と農の間にあるニーズのギャップを小さくできるのではないかと思いました。最終的には、健康や医療とも組み合わせて、食事から予防医療を広めることも考えています。
―発酵の伝え方として、製造・販売を選んだのはなぜですか?
自分たちがモノを作る立場になって、生産者と同じ視点に立ちたいと思ったことが大きな理由です。農産物って価格の弾性力が低いので、例えば1つ1万円のトマトがあっても売れないんです。200〜300円の付加価値は付けられても、1万円では市場で売れない。作るところの仕組みを知らないままブランディングやマーケティングに入ると、農産物をただモノやお金として見てしまうのではないかと思いました。
生産者の気持ちがわからないと、いつか間違った方向に進むんじゃないかと思うんです。実際にモノを作る立場になることで自分たちでニーズを掴み、業界全体の役に立ちたいと思って、製造を選びました。
―アグクルと関わる生産者の方たちは、どんなポイントに共感しているのでしょうか?
生産者の方たちは、農産物や発酵食品を、次世代に対して伝える必要があるという点に共感してもらっています。今の農家の生活を豊かにすることはもちろんですが、それよりも消費者が必要としているものを届けるという、「より意義を持った形で農業をやりたい」と思っている農家さんが賛同してくれます。
事業を始めるにあたり、事業に共感してくれる米農家や麹屋を一軒一軒訪ね、共感してくれる方たちを見つけることができました。僕も在学中に米農家で働いたことがあるんですが、一年のルーティンですでに手一杯で、その中で商品開発や新しい業務を入れるのはかなり厳しいと実感しました。農家さんが手が回らない部分だからこそ、僕らが製造を担うことで農業の意義に焦点を当てていきたいと伝えています。
お母さんたちに愛される、アグクルのコミュニティ
―アグクルの商品を購入するのは、どんな人が多いのでしょうか?
購入者の7割が栃木県内で、そのうち約85%が30〜50代の女性ですね。リピートの方が多くて、口コミで広がっているようです。特に投稿キャンペーンを行っているわけではないですが、自然と投稿してくれる方が多くて、そうした投稿から次の購入者に繋がるのは嬉しいですね。
自社の発信としては、発酵に共感する人を増やすオウンドメディアのほか、Instagramでレシピを掲載したり、Youtubeで発酵にまつわる知識や実験などの楽しめるコンテンツを届けたりしたりしています。
―アグクルのユーザーコミュニティにおいて、どんなことを意識していますか?
お客さんというより、仲間だと思って接しています。アグクルの商品はあくまでツールで、「次世代に発酵を伝える」という想いに共感してくれる人が、商品を使って自分たちと関わりを持って、一緒に世の中を良くしていく感覚に近いです。
だからお客さんに相談しちゃうことも多いです。「新商品としてこういうものを出したいけど、どんな需要があると思いますか?」とか、「この商品でレシピを作りたいから協力してもらえませんか?」って、ユーザーさんに助けてもらっています。
今アグクルで働いているスタッフの中には、元々ユーザーだったママさんたちがいます。ユーザーとしての視点を生かして、新しい企画やイベントを考えるときには相談に乗ってもらっています。
僕自身大学を卒業したばかりで、母の日ギフトやお中元といったしきたりはまだわからないんですよね(笑)。毎年実際に贈っているママさんたちに企画を提案してもらうことで、企画から一緒に作っています。
社会と自然の関係を見つめ直し、”発酵した人”を増やす
―小泉さんの発信では、発酵や腸内細菌からの学びを社会にあてはめる様子が印象的です。
腸内環境からの学びは大きいですね。腸内細菌には、善玉菌(いい菌)と悪玉菌(悪い菌)、日和見菌(どちらかに流れる菌)の3種類がいます。その割合は、善玉菌:日和見菌:悪玉菌=2:7:1のバランスが一番身体にいいとされています。
腸内細菌のバランスが社会にもあてはまると感じたのは、「悪玉菌がゼロではない」、「善玉菌は2割にすぎない」ということ。悪玉菌がゼロではないのは、自然界では悪いことをするからといってその菌を排除するわけではないんだなと。悪いものがゼロになったら、それはそれで秩序が崩れてしまうのかもしれないと思うと、社会に対しても寛容になれる気がします。
善玉菌の2割という数字は、アリの世界でも同じで、全体の中で働きアリは2割だと言われています。その働きアリが死ぬと、今まで働いていなかったアリの一部が次の働きアリになって、全体の2割という割合は保たれていきます。世の中を変えるには全体にアプローチしないといけないと思いがちだけど、腸内環境もアリの世界もそうだと知ってからは、周りの2割が変われば社会は変わっていくんじゃないかと思うようになりました。腸内細菌からの学びを得たことで、生きやすくなったように思います。
―最後に、今後小泉さんが理想とする社会について教えてください。
微生物や農業を含めた、広い意味での”自然”を僕らの手に取り戻したいです。それが、環境問題や社会問題、健康問題を解決する大きなヒントになると考えています。病原菌一つ取っても、人間が環境を壊してまで発展を優先させた結果、山奥から都市へ出てきたものだと認識すべきだと思っていて。もう一度自然と向き合うという意味で、人間社会と自然界の関係や捉え方であったり、両者を繋ぐ発酵の良さを多角的に伝えていきたいです。
その結果行動が変わった人たちを、僕は「発酵した人」と呼んでいるんですが、その発酵した人たちの数を増やすことを目指しています。その数が2割に近づけば、だんだんと社会は変わっていくんじゃないかと思っています。
株式会社アグクルHP https://agcl528.com
interviewer
河嶋可歩
インドネシアを愛する大学生。子ども全般無償の愛が湧きます。人生ポジティバーなので毎日何かしら幸せ。
writer
田坂日菜子
島根を愛する大学生。幼い頃から書くことと読むことが好き。最近のマイテーマは愛されるコミュニティづくりです。
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