【後編】10歳の社会人を育てる。教育のブルーオーシャンへ
「10歳の社会人を育てる教育」をコンセプトに、国語や算数といった科目を教えない教室を運営する川村哲也。科目を教えないことで教育のブルーオーシャンに飛び込む姿は、保護者や教育関係者の間で注目を集めている。後編では、オンライン化する教育への考えや、自身を企画屋と捉える理由を聞いた。
【プロフィール】川村哲也(かわむら てつや)
株式会社COLEYO代表。立命館大学を卒業後、(株)リクルートコミュニケーションズに入社。1年間勤務した後、2016年に京都にて「放課後教室studioあお」を立ち上げ、10〜14歳向けに社会と教育のギャップを埋めるための社会教育を行う。その他、企業向け事業として教育コンテンツの開発や、教育事業立ち上げ支援にも取り組んでいる。
前編記事はこちら 10歳の社会人を育てる。教育のブルーオーシャンへ【前編】
もくじ
オンラインの教育における追い風
―現在は、新型コロナウイルスの影響でオンラインの教育のあり方が注目されています。studioあおでは、どのような工夫をしていますか?
4月上旬に緊急事態宣言が出て以降、全ての授業をオンラインで実施しています。結局、オンラインとオフラインで何が違うんだろうねと考えると、共有している情報の種類の少なさだと思うんですね。匂いがするとか、遠くで救急車の音が聞こえるという情報を共有できないのはもちろん、隣で雑談しているところにちょっと入る、ということも起こりにくくなります。だからなんとなく寂しいかんじがするんですよ。オンライン飲み会でもそういう声がありますよね。
そこには2つの解決策があると思っています。1つ目は、世界観を共有すること。脳内で描いている絵が一緒になるように工夫するってところですね。例えば、人狼ゲームをやるときに、ゲームマスターが「はい、今から人狼ゲームをやりまーす」といつもの調子で始めるよりも、「皆さん、人狼村へようこそ…この村には人間の内臓を食べる恐ろしい人狼が潜んでいます…」と雰囲気を作って語りかける方が子どもたちは入り込みやすいですよね。そうして世界観を強く共有することで一体感が生まれ、子どもの満足度も上がります。
2つ目は、身体性をシンクロさせること。これは、同じ出来事が同じタイミングで起きていれば共有できているわけです。例えば実験では、みんなが揃えられるものをみんな画面越しに用意してもらって、同じタイミングで実験していくかんじですね。これができれば、オンラインの壁はかなり超えることができます。
―オンラインの授業ならではのメリットを感じることもあるのでしょうか?
そうですね。人の移動が不要になることで、かつては断絶されていた教育の場所性や地域性が取っ払われると思っていて。僕としては、非常に楽しいなと思っているところです。遠くの子にも指導できるとか、あとは単純にゲストを呼びやすいんですよね。社会における知のリソースを共有しやすくなっています。
コンテンツを用意して、それを彼らに無理やりやらせるのはイケてないと思っていて、どっちかと言うと彼らがやりたい・知りたいと思っていることを即時にコンテンツとして提供することの方が重要です。その点、オンライン上で知のリソースを共有しやすくなった今の状況は、教育に携わる立場としては追い風だと思っています。
これは、オープンエデュケーションという考え方に基づいています。研究者などの知識人や、企業のような現場で新しい知識を作っている人たちのことを、僕は「知の最先端」と呼んでいて、その人たちを教育の世界にどう呼び込むかがこれからもっと重要になっていきます。
―studioあおでは、どのようにオープンエデュケーションを取り入れているのでしょうか。
studioあおの報告会では、「知の最先端」の専門家からフィードバックをもらっています。
先日の報告会は、初めてオンラインの動画形式で行いました。この報告会は3ヶ月に1度開催していて、生徒が親に向けて活動報告をする場です。50人の生徒一人ひとりのテーマに合わせ、それぞれの専門家からフィードバックをもらっています。
例えば、車の研究をしている子には自動車会社で自動運転に関わっている方、駅の活性化をやっている子には鉄道会社の職員の方、花粉の研究をした子には、薬学系の大学の先生、というように。今回はオンライン開催ということで、専門家の方にも動画を撮影してもらうようにお願いしたんですが、それがめちゃくちゃいい教材で。企業や研究者からフィードバックとして集めた50本の動画は、良質な動画コンテンツそのものでした。
生徒にとっては、今自分が取り組んでいることに対してフィードバックをもらえるという、リアルタイムの良さもあります。リアルタイムで反応がもらえて、その動画はアーカイブとして蓄積できるという、オンラインのメリットに改めて気づきました。
思い切ってオンラインに切り替えたことで、コンテンツの幅が大きく広がったと感じています。ゲストを呼びやすくなったこともそうですが、社会との接続におけるハードルは大きく下がったように思います。
必ず人と協働する、企画屋としてのポジション
―株式会社COLEYOでは、企業の案件も多いそうですね。企業からはどのような依頼があるのですか?
教育コンテンツの企画に関わってほしいという依頼は多いですね。「今週プレゼンなんです」って相談されることもあります(笑)。最近は、旅行会社と修学旅行における学びをどう入れ込むか考えたり、教育系の会社からは新しいお金の教育についてアイデアが欲しいと依頼されたりしました。
あとは、子どもや子育て層にマーケティングしたいという会社からの依頼や、インキュベーションの案件もあります。そこは僕らとしてもけっこう刺しに行っているところで。インキュベーションの案件では、生徒の数だけプロジェクトが生まれているstudioあおの取り組みに注目してもらっています。
―幅広い企業から依頼を持ち込まれるのはすごいですよね。理由はどこにあるのでしょうか?
正直、最近まで広報も営業も何もしてなかったですね(笑)。そんな状況を、いろんな企業の広報の方が心配して、「もっとこうして広めなよ」とか「◯◯の社長に言っておいたよ」と助言や宣伝をしてくださるのでありがたいです。ネタはあるのにちゃんとPRできてないことをむず痒く思われているみたいです。
それでも声がかかるのは、やはり絶対に他と同じことをしないからだと思います。例えば、プログラミング教育をやるにしてもお寺で開催したり、使用教材を指定するのではなく興味に合わせてレゴからロボットまで全ての教材を準備したりと、変わったことをするのは意識しています。ちょっと記憶に残ったり、変わってるから誰かに言いたくなる、というポイントをつくってますね。
基本的に、自分のポジションは企画屋だと思っていて。依頼に対して、今まで取り組んできた経験を素材として組み合わせ、料理して提供する感覚なんです。例えば、お金の授業に関する依頼に対しては、以前うちの教室でやったあれとあれを組み合わせたら使えそうだな、という感じです。
studioあおでは、生徒が1人のときからインターンの学生がいるんですよ。自分の脳みそ1つだけで考えるのではなく、他の人の脳みそ、つまり経験や思考をどう貸してもらうかが重要です。どの企画も必ず誰かと協働していて、それが自分にとっては当たり前ですね。
社会のリソースが循環する、開かれた教育を目指して
―これからの教育において、どんなスタンダードをつくっていきたいですか?
先生1人で成績をつけるような1視点での評価ではなく、より多くの人で情報で評価していく教育をつくっていきたいです。そもそも、1人の人間が評価するという構造にすごく違和感があって。実際に世の中で評価されるとき、多くの人によるいくつかの角度からの多面的な評価ですよね。素敵な人かどうかとか、いいサービスかとか。誰か1人が判断しているわけではないと思います。
インターネットがある世の中で、教育においてはいまだに教室の中で1人が評価している。それは時代遅れだと感じます。多くの人の評価が集まって価値を判断する社会なので、教育の世界も早くそうなってほしいですね。
―教育の未来に対して、中長期的にどんなことに取り組んでいきたいですか?
会社としては、教育と社会のギャップを埋めるために取り組む姿勢はこれからも変わりません。具体的な手法としては、オープンエデュケーションを活用していきたいです。
閉じた教育の世界で完結するのではなく、知識やお金といった社会のリソースを循環させた教育のモデルを作りたい。そのモデルを社会に示すことができれば、会社としては一つ目的達成かなと考えています。
―企画屋を名乗る川村さんですが、今後組みたい団体や組織はありますか?
小児科における教育をやりたいと思っています。特に、小児科の中でも入院期間の長い小児白血病の子どもへの教育に注目しています。他の病気よりも入院期間が長いため、その期間のモチベーションの矛先がわからなくなったり、モチベーションに飢えたりする状態に陥ることが多いそうです。
そんな子どもたちが、病院にいてもロボットを触ったり研究に取り組んだりできたら、もう楽しすぎて人生変わるんじゃないかなと思っていて。モチベーションが飛躍的に向上するタイミングを作り出すという点で、小児科における教育は注目しています。今は病院の先生たちとディスカッションをしている段階ですが、実現に向けてさらに力を入れていきたいですね。
株式会社COLEYO https://www.coleyo.info/
studioあお ブログ http://stud-io.hatenablog.com/
interviewer
河嶋可歩
インドネシアを愛する大学生。子ども全般無償の愛が湧きます。人生ポジティバーなので毎日何かしら幸せ。
writer
田坂日菜子
島根を愛する大学生。幼い頃から書くことと読むことが好き。最近のマイテーマは愛されるコミュニティづくりです。
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