服の国産比率はたった「1.5%」。衰退する縫製業に可能性を見出したヴァレイの“規模を追わない”事業戦略
インタビュー

服の国産比率はたった「1.5%」。衰退する縫製業に可能性を見出したヴァレイの“規模を追わない”事業戦略

2024-08-23
#ものづくり #エコシステム

海外生産への移行などにより、日本の縫製工場の数はピーク時の10分の1にまで減少している。(*1)そんな“斜陽産業”と呼ばれる場所で、2016年に創業し、「2028年上場」を目標に掲げる企業がある。全国の縫製職人とともに小ロットの服づくりに取り組む、株式会社ヴァレイだ。

母が経営する縫製工場の衰退を目の当たりにした代表の谷英希氏は、日本の縫製業を次世代につなぐべくヴァレイを創業した。苦しい外部環境にも負けず、「規模を追わず利益を高める」事業づくりによって「最速の上場」を目標に掲げる。その鍵となるのが「熱狂的なコミュニティ」だ。

規模を追わずしてどのようにビジネスを成立させるのか。熱狂的なコミュニティとはどのようなものか。ヴァレイの事業づくりの過程と、事業成長との向き合い方、実現したい世界について聞いた。

*1  何が起こった?国内縫製工場は30年で10分の1に | 日経ビジネス

 

▶︎プロフィール:谷英希(たにひでき)

株式会社ヴァレイCEO

1990年 奈良県生まれ。24歳の時、ワーキングホリデーを利用してオーストラリアへ。

帰国後、母が経営する縫製工場の現状を目の当たりにし、高齢化と衰退の一途をたどる縫製業を復興させるべく起業を決意。2016年1月、25歳で合同会社ヴァレイを設立。2017年ビジコン奈良2017最優秀賞、2019年経産省羽ばたく中小企業300に選出。2020年コロナ禍には経産省からの要請で医療用ガウン10万枚を製作。サービスには「MY HOME ATELIER」や「ヴイツク」、「新-ARATASHI-」など。

 

服の少量生産の需要は高まるも、縫製工場が不足している現状

ーーヴァレイは全国の縫製職人さんたちとともに、日本の服づくりに従事されています。まずは、事業について詳しく教えていただけますか?

ヴァレイは、全国にいる縫製職人さんたちの自宅を「小さな縫製工場」として活用し、服づくりを行う「MY HOME ATELIER(マイホームアトリエ)」を展開しています。海外のコレクションブランドさんやデザイナーさんからご依頼をいただき、裁断などの専門的な業務や生産管理はヴァレイが運営するマザー工場が担当。その後の工程は、東北地方から九州まで全国に約250箇所、300人の職人さんたちがMY HOME ATELIERの仕組みを使って、ミシンによる縫製を担当しています。

当社で働く職人さんたちの約7割は40代以下。「技術はあるが近くに工場がなかった」「在宅勤務で縫製に関わりたかった」といった方々が日々活躍されています。

 

他にも、服づくりが初めてでやり方がわからない方をサポートするサービス「ヴイツク」も提供しています。プロではないけれど服づくりに興味を持つ、YouTuberやアイドル、ライバーさん、あとは障がいのある方向けに特注の服を作りたい方などに対して、資材の手配や型紙の作成などをサポートしています。

 

さらに、服の販売や在庫管理をサポートするサービス「新-ARATASHI-」も展開しています。服づくりの才能はあるけれど知識やリソース不足により販売にまで至らないブランドさんにお声がけをして、ブランドを一緒に運営・販売しています。現在は小規模ブランドのサービスを拡充させるべく、サポート内容を一部ブラッシュアップ中です。

「新-ARATASHI-」で共同運営するブランド『Ruimeme

 

ーーどのような課題を解決すべく事業を立ち上げたんですか?

一番大きな社会課題は、国内の縫製工場の減少です。ファストファッションの台頭などにより生産が海外に流れていった結果、ここ30年で日本の縫製工場はピーク時の10分の1にまで減少しました。国内で流通する衣料品でメイドインジャパンのものは、たったの「1.5%」です。(*2)

一方で、時代の流れとともに環境負荷を下げる取り組みや、多様性を求める動きが広がり、国内での少量生産の需要は非常に高まっているのです。たとえば多様性なら、サイズが「S、M、L」しかなかったところ「XXS、XXL」を展開したり、カラーもベージュ・グレー・グレージュと幅広くしたりするなどですね。

海外生産の場合は最低ロット数が大きいため、このような小ロットのものは国内生産でしか補えないのですが、つくれる工場はどんどん少なくなっています。この領域を担っているのがヴァレイです。

*2 衣料品の国産比率「1.5%」 2023年も生産縮小に歯止めかからず | Yahoo!ニュース

 

ーー谷さんは、何がきっかけでこの社会課題に着目されるようになったのですか?

母が縫製工場を経営していたことです。僕は18〜19歳ぐらいからフリーランスで7年間くらいテレビなどで演出の仕事をしていました。その後、1年間海外に行ってから帰国してみると、主要取引先が倒産したことで母の会社はかなり深刻な状態になっていたんです。

それにもかかわらず、何か手伝えないかと探す僕に対して、「縫製業はもう自分たちの代で終わらせたほうがいい」と母は言いました。その姿を見て、絶対になんとかしてやるという気持ちが芽生えたんです。

谷さんのお祖母様

 

工場を支えてきた職人さんたちがキャリアを終えるとき、「自分たちのせいで業界が悪くなった」と思うのではなくて、「自分たちのおかげで服づくりが楽しいと言ってくれる人が増えた」「日本からパリコレに行ったブランドもある」などと清々しい気持ちになってほしい。

そんな想いから、「日本の縫製業を次世代へつなぐ。」をビジョンに掲げ、ヴァレイをスタートさせました。

 

熱狂的なコミュニティ向けの服で、規模を追わず利益を上げる

ーー縮小していく縫製業界をどのように変えようとしているのですか?

語弊を恐れずに言うならば、「無理に規模を追わない服づくり」をしようとしています。服の業界は特に、より多くの人たちに売って規模を広げようとすると、職人や生産工場の数が増え、固定費がどんどん増えていきます。そして、仕入れを削減するために、発注費を下げたり、人件費が安い海外に工場を移したりしていきます。

これは世界でも起きていることです。革製品で有名なイタリアでは、超有名ブランドでさえ製造のほとんどを中国で安く行い、最後の仕上げだけ国内でやっている。その結果、国内の工場はたくさん潰れて、職人は大量に失業しています。

さらに中国でも、他の産業のほうが儲かるからと、縫製工場に人が集まらなくなってきている。発展主義の考えのもと、無理に規模を追い続けた結果が、単価の高い高級ブランドと、製造費が安いファストファッションしか生き残れない、いまのアパレル業界なんです。

ヴァレイで同じことを繰り返しても意味がありません。むしろ規模を追わないけれど、利益を上げる方法を考えていかなければ、縫製業を次世代につなぐことはできないと思っています。

 

ーー「規模を追わず利益を上げる」ための戦略を教えてください。

MY HOME ATELIERの仕組みがあるからできる多品種少量生産によって、小さくとも「熱狂的なコミュニティ」に向けて服をつくっていこうとしています。

面白いことに、何かしらのコミュニティが成熟してくると、服装へのこだわりが強くなっていくんですね。会社というコミュニティであればお揃いのユニフォームをつくったり、趣味のツーリング仲間であればジャケットを揃えたりするようになる。

ネイリスト、美容師、美容サロン、トリマーの方々に愛用されているエプロン(ValleyMODE オンラインストア

 

バンドのファンコミュニティも、最初はTシャツだけだったけど、そのうちパンツや帽子、靴を揃えたりするようになる。普段はファストファッションで済ませている人も、そのコミュニティで活動するときは、価格が少し高くても一体感を得られる服を着るわけです。

そこに対して、小ロットの服を展開することで、規模は大きくないけれど利益を上げることはできます。そして、そのコミュニティの数が増えていけば、全体の収益も高まっていくと考えています。

小ロットの服はどうしても販売価格が高くなるので、大手のアパレルメーカーや大きな工場はなかなか手が出しづらい領域です。MY HOME ATELIERの仕組みを持つヴァレイだからこそできることだと思います。

 

ーーなるほど、コミュニティが成熟すればするほど利益が高まるわけですね。ただ、事業の課題として、縫製職人の数が減少している現状があります。そこはどうお考えですか?

縫製業界に限らず、どの業界でも次の世代を担う若者は少なくなっています。ただ、若者の絶対数が減ったとしても、「ものづくりが好きな人」は国内に一定数いることは間違いないと思うんです。むしろ、縫製工場の数が減ったり、縫製できちんと稼げる仕組みがなかったりすることで、やりたくてもできない人がいるのが現状。

ヴァレイが目指すのは、本来は挑戦できるはずの「縫製をやりたい人」が、環境要因で挑戦できない状況を変えることです。

縫製をやりたい人が100万人いて、そのうち1万人しか挑戦できないよりも、やりたい人が50万人に減ったけれど2万人が挑戦できるようにする。そうすれば、人口の絶対数が減ったとしても、服をつくれる人は増えると思います。

 

経営は総合格闘技。基礎知識の量でトライ&エラーのスピードは変わる

ーー「小さな縫製工場」によってそれが実現できる、と。いまの仕組みが出来上がるまでには5〜6年を要したと聞きました。その過程について教えていただけますか?

創業から数年は、愚直に「できないことをできるようにする」ことと「できるけどやらないことを決める」ことを徹底してきました。

事業を始めてすぐは、工業製品のように規格が決まった発注ばかりではなかったですし、職人さんによって自宅の設備が違うため、縫製のクオリティを安定させるのが難しかったんです。そこで、自身も職人でもある僕の姉が中心となって、服づくりのマニュアルづくりや仕組み化を進めていきました。

それと同時に、依頼してくださるお客様に対しても、「ヴァレイはこの縫い方です」とスタンスをお伝えして、コンセプトに沿わないものは、縫えるリソースがあったとしてもお断りするようにしたんです。

創業当初の事務所

 

ーー選択と集中ですね。

あとは、当たり前のことかもしれませんが、サービスのあらゆる面を、ひたすら一つずつ検証して磨いていきました。職人さんの採用基準や商品のクオリティ基準、トラブルが起きたときの対処法、クオリティと価格の最適なバランスなど、さまざまな観点で検証を繰り返したんです。

一筋縄ではいきませんでしたが、今となってはそれが自社の独自性になっています。そうしたことの積み重ねによって、創業当初と比較して、縫製職人さんの平均的な手取りも2〜3万円ほどアップすることができました。

 

ーーきちんと働き手に還元できているのがすごいです……。事業づくりの過程を振り返り、もう一度やるとしたらここを工夫するといった点はありますか?

熱量とビジョン、絶対的な行動量に加えて、経営者としての基礎知識をインプットしておくべきだったということですね。創業したての僕はマネージャーとしても経営者としても、圧倒的に基礎知識と経験が足りていませんでした。

たとえば、確信を持ってファイナンスにまつわる意思決定が下せるようになったのは、2022年に管理部長が参画してくれてから。もし最初からその知識があれば、もっと早い段階で管理部長を採用していたでしょうし、もっと早く数字の分析ができていれば資金調達までのスピードも違っていたと思います。もちろん、その過程で学んだことがあるので、過去を後悔はしていませんけどね。

 

ーーやはりファイナンスは重要なんですね。

ファイナンス以外にも、マーケティングやPR、IRなども同様です。経営は総合格闘技のようなもの。各領域の専門家に対しても「ここの数字はおかしくないですか?」と議論できるくらいには、知識がなければいけません。専門家が10知っているとしたら、経営者は7ぐらいは知っておくべきです。

当時の僕はビジョンと行動量はあったのですが、基礎的な知識が不足していたから空回りしていました。そのころの自分に伝えるとしたら「走りながら考える」の鉄則を守って、もうちょっと「考える」をやろうということですね(笑)。

 

ーー直近の目標に「最速での上場」を掲げられています。これまでの事業過程を経て、上場にこだわる理由を聞かせてください。

社会的なインパクトを考えると、上場以外に選択肢はないと思うからです。今の株式市場においては上場しなければ資金調達が困難で、服づくりで困っている人たちを助けることはできません。2022年から考えていたのですが、最近になってようやく覚悟が決まりました。

周りから「上場を目指すモデルではないですよね」と言われることもあります。でも、やってみないとわからないじゃないですか。経験してみて「やっぱり必要なかった」と言うのはいいですが、やる前から可能性を狭めるのも違うな、と。

上場の目標は2028年です。これから最速で目指したいと思っています。

 

ーー斜陽産業におけるスタートアップの上場は、色々なところに希望を与えそうですね。

そうだと嬉しいですね。きっと2028年には、少量の服をつくれるところは、うちと他数社くらいしか残っていないと思います。そんな斜陽産業のなかで最速で上場して「めっちゃ大変やったけど、めっちゃ儲かるで」と証明したい。

ヴァレイが上場したら、メンバーが上場企業の社員になって、服づくりが好きな職人さんたちが上場企業から依頼を受けられるようになって、株主も儲かって、税金もたくさん払えるようになりますよね。それって、最高じゃないですか。

 

さらに、これは次世代に向けたエールでもあるんです。いま若い世代のなかにも、社会課題解決を志す子や、大切なものを未来につなげていこうとする子たちがいますよね。僕らが成功事例となることで、そうした子たちに注目やお金が集まるようにしていきたいです。

 

スタートラインに立てない人に、立ってもらうために

ーーサービスの広がりが楽しみです!改めて、今後の意気込みを教えてください。

縫製職人の「稼ぐ」ことへのリテラシーを高めていきたいと思います。縫製職人は服づくりはできるけれど、稼ぐ方法をあまり知りません。その結果、実力と見合わない労働条件や環境で働くことを強いられる部分もありました。

さらに、その親を見て育った子どもたちも、その環境が当たり前になってしまい、貧困の連鎖から抜け出せずにいる。それが許せないんです。

貧困の連鎖を止めるために、職人は自分に見合った適切な待遇ラインと、そのための価格交渉の仕方をきちんと学んだほうがいいと思います。事業を通じて、そうしたところまで影響を与えていきたいです。

 

ーー谷さんは、一貫して誰かの頑張りを応援していくんですね。

僕は学生時代にずっといじめられてて、努力ではどうにもできない苦しい経験をしたんです。だから、「努力がちゃんと報われる社会でないといやだ」と思っています。

やりたいことがあってやる気もあるけれど、知識がないとか、立場が弱いとかそういった理由でスタートラインにも立てないで悩んでいる人たちを、スタートラインに立たせてあげたいんです。

この時代、服づくりをしたいという人は何かしら夢を持っている人だから、「MY HOME ATELIER」と「ヴイツク」、「新-ARATASHI-」、そしてこれから始まる「ヴイサポ」で、その人たちの夢を応援していきたいと思います。

 

株式会社ヴァレイ:https://www.valleymode.com/

 

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    企画・取材・編集

    佐藤史紹

    フリーの編集ライター。都会で疲弊したら山にこもる癖があります。人の縁で生きています。趣味はサウナとお笑い芸人の深夜ラジオ。

     

    執筆

    おのまり

    ライター・編集者。人の独特な感性を知るのが好き。趣味は美術館めぐり、ガラス陶器屋さんめぐり。

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