1日500個の希少なオーガニック卵を届ける養鶏場。農業全体を盛り上げるため地域での「連合」を構想中
福岡県うきは市にある山もり養鶏場。脱サラした森智寛が3年前に始めた養鶏場だ。ここでは大量生産ではない方法でニワトリを飼育し、卵を生産している。人材会社から養鶏の道へ転身した理由や、営業での経験を活かした販売方法について話を聞くとともに、地域や農業全体を盛り上げるために構想しているという「連合」についても教えてもらった。
【プロフィール】森 智寛(もり ともひろ)
東京で2年、福岡で5年働いた人材会社を退職したのち起業。福岡県うきは市にて養鶏を行っている。現在は養鶏を事業の柱に置きつつ、色々な事業づくりを行っている。地元農家や新規就農者と「連合」を組み、生産者・消費者・地域でモノやお金が循環するプラットフォームになっていければと構想している。長崎県出身。
もくじ
漠然とした起業への想いから、養鶏に辿り着くまで
ーどういった事業をされているのでしょうか?
ニワトリを飼って育てて、卵を販売する養鶏の事業を行っています。現在の養鶏はケージで数万羽を飼う「ケージ飼い」という方法が主流ですが、僕らは小屋を建てて放し飼いにしてオーガニックで育てる「平飼い(ひらがい)」という方法を使っています。この平飼いをしている養鶏場は全体の5%ほどしかありません。現在は1,000羽ほど飼育していて、1日でだいたい500個くらいの卵を収穫しています。また養鶏の他に、農業や養鶏に関するコンサルティングや、就農塾での講師なども行っています。
ー起業の経緯を教えてください。
元々、何かしらの会社を立ち上げたいなという気持ちがありました。というのも人材会社で営業として働いていた時は、基本的に取引先が経営者ばかりだったので、「こんな人になりたいな」というざっくりとしたイメージがあったんです。そんな中、自分が体調を崩して倒れてしまい、「毎日終電で家族とあまり一緒に居られなかったな」とか「子どもの成長を見守れないなんて」と思いながら意識を手放しました。原因が過労だったため今ではピンピンしているのですが、これが起業へのターニングポイントになりました。
ー様々なビジネス領域がある中、養鶏を選んだのはどうしてですか?
これも最初は漠然としていました。前職の取引先の方に「起業してどんなことをしたいの」と聞かれ、あまり考えないまま「トリが好きなのでニワトリを飼おうかなと思っています」と答えたんです。そしたら、その方が養鶏をやっている知り合いを紹介してくれて、自分でも養鶏について調べるようになりました。紹介してくださった養鶏場にも見学に行かせてもらいましたね。「絶対に養鶏をやる」という気持ちではなかったんですけど、自分で言ってしまった手前調べ始めたら、段々と気合が入りだした感じですかね(笑)。あと、子どもが卵アレルギーを持っているんですけど、食品についても調べるようになって、養鶏と結びついていった背景もありました。
起業するにあたって、前職での経験を生かした人材コンサルティングなども考えていましたが、家族と過ごせる時間を増やしたいという想いが前提にありました。「農業であれば家族との時間を割と持てるのでは」と当時は考えていたので、養鶏を選んだ面もあります。
ーご家族もいらっしゃる中、脱サラして起業というのは大きな勇気が必要だったのではないですか?
大きな決断をしたというよりは、引くに引けない状態になって起業したという方が近いかもしれません(笑)。「起業する」とずっと周りに言っていたので、これはもうやらなきゃなという感じでした。会社を辞める時も、退職届を出すタイミングを迷っていたのですが、前の部署の上司に背中を押されて、当時の上司にその場で退職を伝えました。前職は給与も悪くなかったので、普通に行けば生活には困らないと思っていました。だからこそ、周りに宣言して、退路を断ったのが起業に繋がったと思います。
消費者にも生産者にもより良い価値を
ー養鶏を通じて社会にどのような価値提供をしていきたいと考えているのでしょうか?
消費者一人ひとりが食べ物について考えるきっかけを提供していきたいです。あくまでこれは僕の考えですが、オーガニックの食品って、農薬を使った野菜や果物があるからこそ作れるものだと思っていますし、農薬自体が悪いとも思いません。それに農薬を使っていても消費者のことを考えている生産者さんはたくさんいます。全てがオーガニックになってしまうと、高すぎて野菜を買える家庭が少なくなってしまうと思うんですよ。今オーガニック商品を買う方って生活の水準が高い人やオーガニックじゃないと食べられないという人がほとんどではないでしょうか。でも、僕みたいな子育て世代の人たちに食品について考えてもらって、オーガニックの野菜や卵を取り入れて貰いたいという気持ちはあります。
また、オーガニック食品は生産者側も課題を抱えています。有機栽培の食品の値段をもっと下げて欲しいという声もありますが、オーガニックを作っている農家さんたちって収入が少ないし、品質や収穫量が天候に左右されるし本当に大変なんです。新規就農してオーガニック野菜を作りたいといった相談を受けることもありますが、やめておいた方がいいですよとお伝えすることも少なくありません。栽培の難しさや収入の低さを、仕組み化によって改善していくのは、僕のような新参者の役割だと思っています。農業をされる方はセールスの経験が少ない方が多い印象ですが、僕はその経験があります。直売での売り切りだけでなく、定期販売や配達、ECでの全国販売など、アドバイスできるところはアドバイスして、一緒にやっていければと思っています。
ー消費者にとっても生産者にとってもより良い状態になることを目指されているのですね。
今は自社配達などでお客さんに直接届けているのですが、ウチで生産している卵しか取り扱いがないんですね。そこで農業や起業など田舎で新しい挑戦をしたいと思っている方と「連合」を組んで、野菜やパン等の食品やそれ以外の新しい商品やサービスを増やしていこうと思っています。いろんな種類の食品やサービスを扱うことによって、お客さんの選択の幅が広がるのはもちろん、生産者や事業者にとっても販売先の拡大に繋がり、安心して生産・販売できるようになるのではと考えています。今後は地域の中で集団で戦うコミュニティが必要だと思うんです。それが実現可能なのが田舎の良いところだと思っています。周りで新規就農した人や事業を始めた方には、山もり養鶏場の販路を使ってもらって、「連合」全体で収入を上げていけるような仕組みを作ってみたいです。
僕は既存の農家さんに負けたくないんですよ。今の仕組みで安定的な収入がある農家さんもいます。でも、僕たちがもっと強くなることで既存農家さんとも競争が生まれて、地域や農業そのものをもっと盛り上げていけると思うんです。僕らの地域で、「連合」で戦う新規就農のモデルケースを作って、他の地域にも風穴を開けられるような存在を目指していきたいです。
有機飼育で安心安全な山もり養鶏場の卵
ー現在の養鶏はケージ飼いが主流ですが、山もり養鶏場では平飼いという方法で飼育されています。それぞれの違いや、平飼いの利点について教えてください。
大量生産が始まる前の養鶏は放し飼いが基本でした。それがニワトリをケージに入れてとにかく卵を産ませる「ケージ飼い」に移行してきました。ケージなので重ねることができ、面積あたりの飼育数が大変多くなります。スーパーなどで1パック20円といったとても安い卵が売られているかと思いますが、この価格はケージ飼いで大量に卵を産ませることで実現しています。一方、僕たちが用いている「平飼い」は小屋を作って放し飼いする方法なので、ケージ飼いと比べると飼育数がかなり少なくなります。これが2つの方法の一番大きな違いです。
平飼いのメリットとしては、飼育に薬が必要ないことと、病気が広がりにくいことが挙げられます。ケージ飼いは、病気のニワトリが1羽出てしまうと、狭くて密な状態なので、病気が蔓延しやすいんですね。平飼いだと薬を入れずにオーガニックで育てることができますし、病気が蔓延するリスクも軽減できます。この2点が平飼いのメリットです。非効率で儲からないから、平飼いをしているところは少ないですが、僕は大きく儲けることを優先していたわけではないので平飼いを選びました。
ーニワトリの世話をする上でこだわっていることはありますか?
こだわりは無いです。というのも、ニワトリは昔から家庭で飼われていましたし、誰でも飼えるんですよね。「だからみんなでやろうよ、新たに養鶏に挑戦してみてよ」というスタンスでいます。飼料は山奥の発酵菌を使うとか、ひよこから育てるといったこだわりはありますが、そういった飼育の細かい部分ではなく、とにかくいろんな人に養鶏をやってほしいという想いの方が強いです。
食の安全性や環境への配慮は、平飼いという方法であれば自然と担保されてきます。例えば、地元のパン屋から廃棄分を貰ってきて、ニワトリにあげればフードロスの解決に繋がります。こんな風に普通にやっていれば循環型農業やSDGsに自ずと繋がっていくと思うんです。
ーどういう方が卵を購入されるのでしょうか?
お客さんのお宅への配達と、飲食店や販売店への卸し、そして自社サイトやふるさと納税サイトでのEC販売をメインにしていますが、やっぱり食のこだわりが強い人が多いですね。ウチの卵は生臭さがないので、他の卵が生臭くて食べられないという人が選んでくれることも多いです。ただ総じて、生活水準が高い方が多い印象です。子育て世代に食べてほしいですが、1パック1,000円という価格帯は子育て世代には負担になるだろうなというジレンマもあります。
事業を始めた頃は全然売れなかったので、地域のお宅を1軒ずつ回って飛び込み営業もしていました。そうすると「若い人が頑張っているんだな」と応援して買ってくださる方もいて。応援してくれた方々が周りに紹介してくださり、少しずつ販路が拡大してきました。「あんた生活できとっとね」みたいな感じで応援購入してくださる方や、「数少ないオーガニックの貴重な卵を譲ってくれてありがとう」という方が多いです。
ー販売において、工夫していることはありますか?
購入してくれた方が周りの方に紹介してくれることが多いのですが、どのように伝えれば次の購入に繋がるか考えています。例えばAさんが卵を買ってくれたとして、「お父さんにも紹介したい」と言ってくれたとします。その時に、美味しさだけじゃなくて「自分の子どもの卵アレルギーのことを調べていくうちに始めた事業で、オーガニックにこだわった卵なんです」という風に伝えると、Aさんもお父さんに紹介しやすいし、紹介される人にわかりやすいストーリーになる。どんな人がどんな人に紹介しようとしてくれているかによって、伝えることを変えています。生産者である僕が直接お伝えできるわけではないので、紹介の紹介って意外と繋がらないんですよね。「この卵、美味しいよ」「そうなんだ」という紹介ではなく、「そんな背景があるんだ」「すごい、食べてみたい」といった感情を引き出す方法を考えています。
地域や組織で儲かる仕組みを作る
ー起業から1年半で黒字化されたと伺ったのですが、事業を始めた時から想定されていたのでしょうか?
全く想定していませんでした。前職では営業のノルマが1年間のスパンで見られていたので、なるべく早いうちに達成したいから、がむしゃらに動いていました。起業してからも同様に、目の前のことを必死にやっていたら、いつの間にか黒字になっていたような感じです。卵ってニワトリを飼っていると生まれてくるので、とにかく目の前にあるものを捌くしかありません。「売らないとやばいな、どうしよう」と考え込んでしまう人もいると思いますが、僕の場合は先述のように飛び込み営業をするなどしていたので、そこが利益にも繋がったのかなと思います。食品の場合は美味しかったら自然とお客さんに浸透していくという考え方もありますが、僕の場合、無理やり浸透させる営業だったと思います(笑)。
ーメインの養鶏以外にも、コンサルティングや就農塾での講師もされていますね。どういった意図があるのでしょうか?
新規就農しても、7割は離農してしまうと言われています。栽培や販売の課題が難しく、描いていた理想とのギャップができてしまう人が多いんですね。せっかく志を持って農業にチャレンジしてくれたのだから、そんな人たちを少しでも残せるようにしたいという想いがあり、コンサルティングや講師も行っています。
ウチのスタッフのうち2名は、独立して自分の事業もやりつつ養鶏場を手伝ってくれているんです。それぞれが独立した上でお互いの事業を助け合いつつ、販路やノウハウを共有して「連合」として全体を盛り上げていけるように、僕は自分の知見や経験を伝えていきたいなと思っています。養鶏や農業をしたい、田舎で何か一発挑戦したいという人がいればぜひ来てもらいたいです。
ー自身の想いを伝え、仲間を集める際に意識していることはありますか?
応援される人になれるように、泥臭く行動することを大事にしています。起業当初の卵の飛び込み営業もそうですが、泥臭くやることで努力が伝わって応援に繋がると思っています。うきは市で事業をされている方がこれまで地道に泥臭く動いていらっしゃるのを見てきました。田舎なので目立っていると反感を食らうこともあると思いますが、いつかは認めてもらえて応援してくれる人が増えると思っていますし、そういう動き方ができる人にぜひ来てもらって一緒に「連合」を作っていきたいです。
地域の活性化とオーガニック普及に向けて
ー今後の展望を教えてください。
養鶏を軸に、パンなど違う事業も増やしていこうと思っています。リスクを分散するのはもちろん、複数の事業を成り立たせて、それぞれの事業から少しずつ「連合」を作る資金を確保できればと思っています。養鶏ってどんな事業ともシナジーを生みやすい、循環を作りやすい事業だと思います。例えば、ウチの卵を使ってパン屋を始めることもできるし、鶏糞を使って野菜を育てることもできる。さらに農業である必要もないと思っています。今はリラクゼーション系のサロンを開こうと構想中です。養鶏場の卵を配達しているお家に、サロンの人を派遣するような事業ができると思っています。また、「連合」にデザイナーがいるのであれば、仲間のホームページをその方に依頼して作ってもらうような、仲間同士での仕事を作り合うこともできると良いですね。1人のお客さんに対して、いろんな価値を提供できる「連合」を作ることが最終目標です。自分1人だとできることが限られてしまうので、事業を一緒に作っていける仲間をまずは増やしたいです。
もう1つ考えているのは、平飼い養鶏のフランチャイズ運営です。今、栃木で1件進めていこうという話が出ているのですが、方法やノウハウはお教えするので、それぞれの地域で運営してもらって、全国に平飼いの養鶏場が増えると良いなと思っています。
ー改めて、事業を通じて実現したい社会とはどのようなものですか?
地域の活性化や、消費者と生産者の両方がオーガニックを取り入れやすい環境づくりを実現していきたいです。「オーガニックが良いですよ」とアピールするのではなく、オーガニックを扱う自分たちがかっこいい組織になって、自然と手に取ってくれる方が増えたり、有機農業を始めたいと思う方が増えたりすると嬉しいです。そして協力してくれる方たちと勉強しながら進めていけると良いですね。
ー最後に新規就農を考えている方や、起業しようとしている方にメッセージをお願いします。
転職の相談などに乗ることもありますが、「起業しようか迷っています」という人が10人いたとして、実際に起業する人は1人とかだと思います。僕も周りに起業すると言っていたから起業せざるを得ないような状況になったとお話ししましたが、退路を断つことで目標に向かって進んでいけることもあると思います。やらなきゃいけない状況を作り出して、とにかくまずやってみることが大事かなと思います。そしてぜひ応援される人を目指してください。泥臭くやっていれば、応援してくれる人が増えていくはずです。もし農業や養鶏をやりたい人や「何かに挑戦したいけど何をすれば良いか分からない、でも一歩踏み出したい!」という人がいれば、ぜひうきは市で一緒にやっていきましょう。
山もり養鶏場HP https://yamamorifarm.com/
山もり養鶏場では、正社員・パートを募集しています
詳しくはこちらをご確認ください:http://yama-mori-sora.com/2022/02/25/kyuujin/
interviewer
張沙英
餃子と抹茶大好き人間。気づけばけっこうな音量で歌ってる。3人の甥っ子をこよなく愛する叔母ばか。
writer
細川ひかり
生粋の香川県民。ついにうどんを打てるようになった。大学では持続可能な地域経営について勉強しています。
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