里山・中山間地域での挑戦、独自のLPWA無線でIoT通信圏外ゼロへ。
日本の里山・中山間地域には携帯圏外が多く存在し、今後3G回線が廃止されることによって、それは更に増える見込みである。そんな中山間地域で、独自の長距離・低データ容量な無線技術(GEO-WAVE)を使ったIoT通信を用いて課題解決に挑戦する時田義明。包装資材の専門メーカーを営んでいた彼が、今どうして全国の山を駆け回っているのか。中山間地域の人々の見守りや防災、そして獣害対策への取り組みと、今後目指している社会について聞いた。
【プロフィール】時田 義明(ときた よしあき)
共同紙工株式会社代表取締役社長。「里山通信」を運営する株式会社フォレストシー代表取締役社長。ブランド名「里山通信」では通信料無料の長距離無線システムの製品を開発し、中山間地域などにIoTインフラを構築する為に、全国の山の中を日夜駆け回っている。
もくじ
感じたLPWA無線の可能性
ー現在の事業内容を教えてください。
里山・中山間地域の携帯圏外のIoT化を行い、地方創生の支援を目指した事業を行なっています。この3年間は険しい山間部の環境でもつながる無線「GEO-WAVE」を用いた野生動物捕獲用の罠遠隔監視装置「オリワナシステム」の開発とインフラ構築に奔走し、最近では携帯圏外でもチャットや位置情報を伝えられるコミュニケーション&SOSデバイス「GeoChat」を開発し、更には携帯圏外に設置する水位計やカメラなどの開発も手がけ、防災分野での需要も期待されています。
ー里山通信の事業を始められたきっかけを教えてください。
里山通信は共同紙工株式会社という、主に農薬や医薬品用の特殊な袋を作っている会社が母体になっています。今年で創業55年になり、私が2代目として引き継いでいます。安定している業界なのですが、100年続く老舗企業を目指すために10年ほど前から新卒採用を始めました。新卒採用を始めると、その人の30年後、50年後を保証する必要がありますが、既存の仕事だけではいつかは廃れると思い、新規事業をいろいろ模索してきました。その中でたまたま4年前にLPWA無線*というものに巡り会いました。私は子供の頃から自然や動物を守る”レンジャー”になりたいという思いを持ち続けていたのですが、このLPWA無線が携帯圏外が多い里山・中山間地域の課題解決に繋がるのではないかと考え今の事業を始めました。
*LPWA‥「Low Power Wide Area」の略で、「低消費電力で長距離の通信」ができる無線通信技術の総称。
独自のLPWA無線で携帯圏外ゼロへ
ー従来のLPWA無線と、里山通信独自のLPWA無線の違いを教えてください。
LPWA無線は基本的に20ミリワットという出力の低い無線がメインです。一方、里山通信独自のLPWA無線は出力250ミリワットの長距離無線システムとなっています。通信機器間は見通し環境で最大200キロメートル以上電波が飛ぶため、山間部の険しい地形でも電波特性を活かしてワンホップで遠距離通信を実現しています。
私は文系の落ちこぼれで理系のことは全く分からず、本当に構想の前の妄想が原点です。最初は従来のLPWA無線で山間地の課題解決ができると思っていたのですが、試しても全然うまく無線が届きませんでした。幸いにも独自のLPWA無線を開発できる技術者と知りあい、我々の熱い想いとがむしゃらに地方の山中を飛び回る姿に共鳴していただき、共に課題解決の為の製品を創り上げる喜びを共有してもらえたことが、短期間でここまでの事業にできた理由とも言えます。
ーなぜ電波が届かない山間部が多くあるのでしょうか。
携帯キャリアの通信圏内を示すエリアマップは人口カバー率で表現されているので、人が少ない地域には基地局が少なく、自ずと携帯圏外になります。携帯電話の電波は5Gで数百メートル、今の4Gで大体2~3km、3Gだと4~5kmと、大きなデータを送るほど通信距離が短くなります。携帯キャリアもビジネスですから、人がいないところに基地局を立てても利益がないため山の中には基地局がありません。地方の方々は3Gがようやく繋がりなんとか電話やメールができる、という状態なんですが、2022年からは各携帯キャリアが3Gを廃止するスケジュールになっています。要するにこのままでは地方や中山間地域は見捨てられることになってしまうので、尚更最小限且つ低コストのIoT無線が必要になるのです。
口コミで広がった「オリワナシステム」とは
ー野生動物捕獲用わな遠隔監視装置「オリワナシステム」の開発背景を教えてください。
オリワナシステムは野生獣による農林業被害軽減の為の要望があって開発を決意しました。我々は農業被害という話は聞いてはいましたが、実際にどういったものか知らなかったので、まずは全国の獣害が激しい地域を駆け回りました。そういった地域では、地域おこし協力隊の方や行政の方が自ら罠免許を取得し、必死に獣害対策をされていて、彼らと回った農地では、農家の方々にとって彼らが救世主であり心から感謝されていました。寒い冬や暑い夏に罠の見廻りと獣の命を奪いいただくことは重要なことでありますが、かなりの重労働で時間がかかり、心身共に大変な作業なんだということを痛感しました。そこで広範囲の多くの罠の作動状況を遠隔監視し、作業の効率化・負担の軽減に貢献したいと考え、オリワナシステムの開発により力を注ぎました。
ーたくさんの自治体に導入できている秘訣を教えてください。
実は今まで我々は営業活動を積極的にしたことはあまりないんですよね。行政間の口コミであったり、私たちが出展した獣害対策や林業の展示会で知っていただいたり、インターネット検索で辿り着いていただいた方がほとんどです。行政の方でも自ら獣害対策の課題に立ち向かおうとされている方が多いですね。自分で勉強された上で我々のサービスを知っていただけるので、エリアの広さやクラウドシステムの作り込みをきちんと評価していただいています。携帯圏外での通信に積極的にチャレンジし、実装レベルで実現している競合他社が存在しないこともあり、現在は全国80地域程に導入していただいています。
IoTで人の命と自然を守る
ー開発から現在まで困難だったことは何ですか?
北海道から九州まで、全国の山の中の携帯圏外が我々の解決すべきフィールドなので、ともかく移動が大変で、土日や早朝・深夜移動が多かったです。最近は林業案件が多いので林道を走るのが大変で、雪の日も猛暑のなかでも通信テストのために山や林道を走り回ってきました。ただ、獣害対策従事者や林業の方々などは我々以上に過酷な労働条件で大変な作業をされているので、それに比べると大したことは無いのでしょうが、やはり移動時間と深夜までに及ぶ開発案件の同時進行がハードでした。日中は山の中でフィールドワーク、夕方から深夜までは開発者という感じです。
もう一つは資金集めですね。最初は投資家から資金を集めるべきだと周りから言われたのですが、理念が失われないようにまずは自分たちだけで完遂しようと心に決めていました。最終的には銀行から借り入れをして、無線機の子機の開発、中継機・インフラ機器の開発、アプリ・クラウドシステムの開発費など何億もつぎ込みまして、その精神的負担が個人的には今でもかなり大きいです。
ー獣害対策はもちろんのこと、最近は山での防災や事故の対策にも取り組まれていると拝見しました。どのような経緯があったのですか?
防災や登山者の見守りなどの構想は設立当初から描いていました。オリワナのシステムが軌道に乗り、次は人の命だということで1年半前から「GeoChat」というコミュニケーション&SOSデバイスを作り始めました。2020年9月の次世代森林産業展にて林業の労働安全に関して出展したところかなりの反響をいただき、まずは林業分野での防災・事故対策に力を入れています。
林業の労災死亡率は全産業の10倍程となってしまっていて、米軍兵士の致死率よりも高いといわれているんです。木に挟まれたり、重機に挟まれたり、スズメバチに刺されアナフィラキシーショックになったとしても、携帯圏外のためSOSが呼べない。林業従事者の方は「俺たち特攻隊みたいなもんだから!」と笑いながら仰っていましたが、人の命の重みはどのような職業であっても当然同じですから、ここはなんとかしなければならないことです。GeoChatを使うことで、山間部でもGPSによる位置情報の共有や30文字以内のチャットコミュニケーションができるので、いち早くSOSが消防に届き命が守られるようにしたいです。また位置情報を含むSOSだけでなく、携帯圏外に於ける日常のコミュニケーションやスマート林業にも十分貢献できると確信しています。
ー今後の目標や目指している社会を教えてください。
会社名である「フォレストシー」は「Forest to Sea」であり「森を守ることが川・海を守る」という想いが込められています。フォレストシーは、日本の自然を守り、林業に貢献しつつ雑木林も増やし野生動物との緩衝地帯を作り、自然のバランスを取り戻す自然再生をしながら、地方創生にも貢献することを目標としています。
里山通信 https://satoyama-connect.jp/
interviewer
細川ひかり
生粋の香川県民。ついにうどんを打てるようになった。大学では持続可能な地域経営について勉強しています。
writer
河嶋可歩
インドネシアを愛する大学生。子ども全般無償の愛が湧きます。人生ポジティバーなので毎日何かしら幸せ。
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