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2年でバイリンガルに!その原動力とは

鎌田 一帆 2017年12月2日
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鎌田一帆

関西大学文学部英米文化専修3回生。小中高12年間サッカーに没頭し、大学からは英語に心変わり。E.S.S.の活動とフィリピン、オーストラリア、アメリカへの留学を経験し、めでたくバイリンガルに。

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こんにちは、関西大学文学部英米文化専修、talikiメンバーの鎌田 一帆(カマダ カズホ)です。

さて、今日僕がここで皆さんの大事な時間をいただいて伝えたいのは「好き」って感じることの大切さ。でも恋愛トークじゃないです、ごめんなさい(笑)

 

僕がサッカー少年から英語が得意な大学生に転身するまで

僕は小学生から高校三年生までずっとサッカーをしていました。朝6時に起きて朝練。授業で寝て午後練習。そして自主練。寝てまた起きて朝練。の繰り返し。

こう言うと、「こいつ俗にいうサッカー大好き小僧じゃん」って思われがちなんですけど、実は僕あんまりサッカー好きじゃなかったんです。いやむしろ嫌いでした。「めっちゃすぐ話の腰折るやん。」って思った方、すいません。でも事実なんです。

 

サッカーを始めたきっかけは、父親がしてたから。小中学生ってやってきたから、じゃあ高校生になってもやろう。なんとなーく続けていました。

まるでそこに決められた道があるかのように、ただ、サッカーだけをしてました。

 

だから大事な3年生の時期も、コーチにちょっとカッとなって、軽率に「うっせー」って言っちゃって(めっちゃ小声だったけど聞こえてました)、1か月部活停止になります。

そのあと夏にAチーム(メンバー100人越えのいわゆる強豪チーム)の11人になれたものの、左足ジョーンズ骨折で手術。全治三か月でした。

治ってよっしゃ冬の選手権のメンバーに入るぞ!って時に肺気胸で手術。2週間入院しました。

悲惨な状況で家族にきつく当たってしまい、もうなんでこんなことしてんだろう…って。

毎日自分を癒すために日記を書いて、鬱な日々を記録していました笑

 

だって、全然楽しくないんですよ。本当にサッカー大好きな奴に囲まれて、自分も追いつけるように頑張らなきゃって思ってやるんです。

けれど本当にうまいやつらには全然追いつけないし、練習しても練習してもやつらは僕よりもっと練習するんです。

親から降りかかる「僕にサッカーを続けてほしい」というプレッシャーや、メンバーに入れるか分からない緊張感がしんどくて抜け出したいって思ったり、もうメンバーに入れなくてもいいかなって思う自分もいました。

 

正直疲れてました。

でもその頃、転機が訪れます。

 

海外旅行が好きな僕の姉は、おいしい料理が食べたいと言って当時トルコに行っていたのですが(トルコ料理は世界3大料理の一つ)

ある日、トルコで気球の上から撮った写真を送ってきました。

それがこちら↓

「なんじゃこの絶景は…!」

本当に羨ましかった。

海外の絶景で埋まってる姉のきらきらインスタグラムも

誕生日には外国人からの「HAPPY BIRTHDAY!」で埋まる姉のフェイスブックも

英語で話しているから何言ってるかよくわからん姉の動画も

全部まるで夢の世界のようで、羨まし過ぎたんですよね笑

 

だから誓ったんです。

「大学入ったら、キラキラパリピ海外行きまくり大学生になる!!!」

 

でも海外行くなら英語話せないと友達すらできない。

じゃあ自由になるはずの大学生活で、英語を勉強して、ペラペラになるしかない!

と思って、そこからは今思い返せば自分でも感動するほど集中して受験勉強しました。

 

そのあとめでたく関西大学に合格し(僕にとっては奇跡の所業)、

英語を勉強できると聞いたE.S.S.(English Study Society)に直行して入部。

そこで英語が上手な先輩に「どうやったら英語が話せるようになるんですか」

って聞いたんです。そしたら、

先輩「あーフィリピン行ったらいいよー」適当

僕「行きます」即決

先輩「あとこれとあの授業英語だから取るといいよー」適当

僕「取ります」即

とりあえず、言われたことに全部挑戦しました笑

 

ちなみに姉にも聞いてました。

僕「どうやったら英語話せるようになるん」

姉「あーFRIENDSみたら?同じチャプターを何回も」

僕「…ナニソレ」

↑どうやらアメリカの有名なコメディだった。

そこでFRIENDSの最初のお話を1000回くらい聞いて、登場人物の声に続いて台詞を読んで、終わったら次の話に進んで、という姉に言われた作業を全部やってみました。

同じ動画を何百回も見て、フィリピンで1日十何時間も勉強して、オーストラリアやアメリカにも行ってさらに勉強しました。

 

なんでこんなきつそうなことできたのかって言うと、

僕、英語「好き」だったんですよね笑

どれだけ時間使っても、どれだけ大変でも、英語が楽しい喋りたいって思ってからはどんなことでもできちゃったんです。

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WRITER

鎌田 一帆

鎌田 一帆

関西大学文学部英米文化専修

小中高12年間サッカーに没頭し、大学からは英語に心変わり。E.S.S.の活動とフィリピン、オーストラリア、アメリカへの留学を経験し、めでたくバイリンガルに。

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