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世界を変える、愛すべきアホ

中村 多伽 2017年6月3日
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みなさん、こんにちは。taliki代表の中村タカです。

talikiをローンチして、早3週間。

日々、西へ東へ、様々な分野で活躍しているお話を聞かせていただいたり、色んな方から「この人、オススメだよ!」だとか、「こんな活動があるよ!」だとかの情報を頂き、talikiはなんとか存続しています。ありがたい限りです。

―――

さて、そんな中、昨日大学の後輩から

「タカさん!クラウドファンディング始めました!」

と連絡が来た。

クラウドファンディングというのは、簡単に言うと「インターネット上の募金システム」。

街頭募金と違うところは、

・どんなプロジェクトが募金活動をしているのか文章で伝えられること

・目標金額と期間が決まっていること

・寄付した人に対して募金している側からリターンがあること

・決済がクレジットカードや銀行振り込みであること

なんかが挙げられる。

この後輩はPumpit3rdという学生プロジェクトで代表を務めており、カンボジアに学校建設を目指している、とにかく明るい青年だ。

彼は去年の3月にもカンボジアでの小学校建設を経験しており、もう1校建てようと頑張っていて、どうやらその建設資金を集めるためにクラウドファンディングを始めたようだ。

「ふーん」と、寝起きだった私は、特に期待もせずページを開いた。

なぜ期待しなかったかと言うと、こういう「国際協力」や「社会貢献」ということを掲げている団体は、

「○○国の子供たちを救いましょう!」「あなたの力が未来を守る!」

とかを言っている場合が多い。

いや、その言葉が悪いわけでは全くない。

けれども私のような万年反抗期には「偉い偉い、でもなんで私がやらなきゃいけないの?」とちょっと反発する気持ちも生まれてしまうのだ。

ところが、そんな私の思いは大きく裏切られた。

皆さんも、ぜひ一緒にそのクラウドファンディングのページをご覧いただきたい。↓

https://readyfor.jp/projects/pumpit3rd

 

私が一番に抱いた感情は、

「なんなんだろう、このそこはかとないアホっぽさは…」

だった。

まず、「!」が多すぎる。京大生が書いたと思うと、何ともいえないギャップを感じる文章だ。それに加えて太字だったり大文字だったりでもうどこを強調したいのかわからない。

とにかくすごいエネルギーが画面を見ただけでバンバン伝わってくるし、なんならちょっと「うるさっ」と思う。

 

けれども、よくよく見てみると、結構良いこと言ってる。

まず冒頭の、

「押し付けになりがちな『支援』

偽善だと言われがちな『国際協力』

でも絶対に誰も否定できない動機がある。それは、

『俺たちが楽しいからやってる』」

なるほど、確かにその動機だけは、誰にも否定できない。というか、否定する資格はない。

 

実は、こういう趣旨の学生団体はよく

「何のためにやってるの?」「意味あんの?」

みたいなことを、めちゃくちゃ言われる。

なぜかというと、「支援される側」のことを本気で考えず、”押し付け”のような、現地の為にならない支援をする団体も悲しいことに存在するからだ。

そしてこの問題の本当に難しい所は、「支援される側にとって良いことだったのか」という判断が非常にしづらい点である。

どんなに当事者意識をもって実行しても「受益者が本当に幸せになったのか」を判断するのに大変な時間がかかったり、判断するための明確な基準がなかったりするのだ。

今の日本では「だったらやるな」というのがかなり多くの意見であり、この青年もたぶん、そういう外部からの様々な批判を浴びてきたのだろうと最初の2行で感じる。

 

私も学生時代に国際協力なるものをしていたが、「それって意味あるの?」とサッカー部の女の子に聞かれた時は3日間くらいモヤモヤしていた。

だったら聞きたい、サッカー部の意味は何なのか?なぜ彼らはやるのか?

「好きだから」「楽しいから」である。

 

そう、彼らPumpit3rdの動機は、サッカー部女子と何も変わらない。

”自分たちが楽しいからやってる”のだ。

 

そして、「なんでやってるの?」という問いに対して、彼はこう答える。

「嘘はつきたくないので正直に言います。

僕たちが学校を建設する理由は、

仲間と学校を建てたいからです。

カンボジアの子供たちに会いたいからです。

カンボジアの子供たちと意味がわからないくらい一緒に笑いたいからです。

カンボジアの子供たちが不幸だとは僕は思いません。

むしろ彼らの方が僕たちよりも精神的に豊かなんじゃないかと思うほどです。

カンボジアの子供たちを助けてあげようという「支援」の気持ちでやっているというより、

カンボジアの人たちと「協力」しているという感覚で活動しています。」

彼らがやっている「カンボジアへの教育支援」は、おそらく”国際協力”だったり”慈善事業”というタグ付けがなされる活動だろう。

けれども、

「カンボジアの子供たちが不幸だとは僕は思いません。」

という一文に、現地で活動し様々なものを見た当事者に寄り添う人間としてのプライドを感じる。

「不幸だから救ってあげる」という”慈善っぽさ”を彼は一蹴しているのだ。

 

さらに、彼の「楽しいオーラ」は留まるところを知らない。

「(1校目の建設後に)今日でお別れだよ。

って伝えたとき、泣いてくれる子がいたり、プレゼントをくれる子がいたり。

僕はそれがすごい衝撃的でした。

自分がやりたいことをやってただけなのに、すごく喜んでくれた。誰かのためになってた。

これって最高やん!!みんな幸せやん!!!

もっといろんな人にこの素晴らしさを知ってほしい!!」

すごい量の「!」だ。そのせいか、だいぶアホっぽい。

しかし割と本質的なことを言っている。

自分の好きなことをして、それが誰かのためになる。そして喜ばれて、自分ももっと幸せになる。

そして、そう感じる人を増やしたら皆が皆のことをハッピーにするから結局皆ハッピーやん!

というロジックだ。

確かに、「自分の楽しいことをしたいからお金が欲しい」というだけなら、私はお前のおばあちゃんじゃないんだよ、と思うが、

「寄付をしたら俺たちもカンボジアもハッピーになるどころか、あなたもハッピーになることが避けられないんですわ」

と言われると、確かに寄付をする側にも大きなメリットがあるような気がしてくる。恐るべし、ハッピーボーイ。

 

彼らが計画しているのは、カンボジアのトロピアンプレイ村というところに小学校を建設することのようだ。

「そこにある公立トロピアンプレイ小学校では、既存の校舎の老朽化が深刻です。

屋根が剥げ、いつ倒壊の恐れがあるかわからないという状況で使用できず、

262名の子どもたちが勉強をする教室が不足しています。」らしい。

ここでカンボジアに行ったことのない人のために補足をしておくと、カンボジアでは小学校が絶対数として足りないという現状もある。

しかしそれだけではなく、掘っ立て小屋みたいなもの(地べたに直接机を置いている)や、高床式の家の軒下のような、

日本人からしてみると「えっ、これ建物?」というものを小学校と呼んでいたりする。

雨期はこういった校舎は浸水して授業が出来ないので、子供たちが学校に行ける日は1年の中でも半分ほど。

なのでしっかりと水が防げる屋根と、浸水しないレンガ造りの校舎は、質の高い教育を届けるためには必須なのである。

そんな真面目な情報に加えて、ちょっとずつ小ネタも挟まれている。

→ 読み手の笑顔を意識した小ネタ、そして彼らの「社会への挑戦」とは?

WRITER

中村 多伽

京都大学総合人間学部

文化人類学専攻。カンボジアへの教育支援、ニューヨークへのビジネス留学や現地の報道局でのインターン、舞台・映画・ライブへの出演等を通して、「マスを変えること」に興味を持つ。taliki代表。

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