社会起業家の志向性はどのように事業成長につながるのか ― taliki.org掲載事例をもとにした探索的考察 ―
もくじ
第1章 背景と研究目的
1.1 社会課題解決に向けた資金配分とインパクト投資
少子高齢化や人口減少などの人口動態に加え、経済・社会構造の変化によって、介護・福祉、貧困、ジェンダーギャップ、環境問題など、日本では様々な社会課題への対応が求められている。こうした課題は行政のみで解決することが難しく、企業やNPOなどの民間主体が、事業活動を通じて社会課題の解決に関与することの重要性が高まっている。経済産業省も2008年の「ソーシャルビジネス研究会」において、社会性・事業性・革新性を備え、社会的課題を事業として解決するソーシャルビジネスの重要性を示している。
こうした社会課題解決の担い手へ資金を供給する手段の一つとして、インパクト投資が拡大している。Global Impact Investing Network(GIIN)は、インパクト投資を、財務的リターンとともに、ポジティブで測定可能な社会的・環境的インパクトを生み出す意図を持って行われる投資と定義している。すなわち、インパクト投資では、社会的・環境的成果を生み出すことを明示的に意図すると同時に、投資としての財務的リターンも求められる。
日本におけるインパクト投資市場も拡大している。GSG Impact JAPANの2025年度調査によると、国内のインパクト投資残高は18兆6,531億円に達し、前年度の17兆3,016億円から増加している。
しかし、社会課題解決に向けた投資資金の総量が増えることと、社会的に重要な事業へ適切に資金が配分されることは同義ではない。実際にどの企業へ資金が流れるかは、投資家が限られた情報の中から「どの企業に将来的な成長可能性があるか」を判断した結果によって決まる。
したがって、社会課題の解決に向けた資金供給を考える際には、インパクト投資市場そのものの拡大だけでなく、どの事業に資金を配分するのかという投資判断のあり方にも着目する必要がある。
1.2 社会起業家の事業を評価する難しさ
インパクト投資では、財務的な成果だけでなく、社会的インパクトの創出も求められる。そのため、社会起業家への投資では、単に「売り上げが大きくなること」を評価するだけでは十分ではなく、社会課題の解決を志向しながら持続可能な事業として成長できるかを考える必要がある。
しかし、こうした将来性の評価はシード期において特に難しい。シード期では、売上、利益、顧客数などの財務・事業上の実績が十分に蓄積されていないだけでなく、社会的インパクトについても十分な成果が現れていない場合が多い。そのため、現在の実績だけから、将来的に事業として成長しながら社会課題の解決にもつながる企業かどうかを判断することは容易ではない。
もっとも、財務実績が乏しいという問題自体は、一般的なスタートアップへのシード投資にも共通している。シード期では将来の売上や利益を直接確認することができないため、投資家は市場規模、事業モデル、初期的な顧客反応などに加え、起業家や経営チームに関する情報も将来的な成長可能性を判断する材料として用いている。
Gompers et al.(2020)が681のVC組織に所属する885人のベンチャーキャピタリストを対象に行った調査では、投資先の選定において経営チームは非常に重要な要素として評価されており、プロダクトや技術などの事業上の特徴よりもやや重要視される傾向が示されている。
つまり、財務面については、過去の実績が存在しないという不確実性に対して、事業モデルや市場、初期的なトラクション、起業家・チームの質など、複数の情報を将来性の補完的な判断材料として用いる投資実務が一定程度形成されている。
一方、社会的インパクトの将来性を評価する際には、財務面とは異なる難しさが存在する(OECD, 2021)。
第一に、「何を社会的成果として捉えるか」が課題領域によって異なる。売上や利益のように幅広い企業に共通して利用できる単一の指標は存在せず、対象とする社会課題や事業によって適切なアウトカムや指標を設定する必要がある。OECDは、社会的インパクトの測定方法には多様な選択肢が存在し、実務上も方法論が断片化していることを指摘している。また、すべての事業に同一の指標を適用する「one-size-fits-all」のアプローチには限界があるとしている。
第二に、社会的成果の中には定量化や比較が難しいものがある。例えば、社会的包摂、ウェルビーイング、ソーシャルキャピタルなどの無形・主観的な成果は文脈への依存度が高く、組織間で単純に比較することが難しいとされる。
第三に、観察された社会的変化のうち、どこまでを特定の事業による貢献とみなすかという「帰属」の問題がある。社会課題は、政策、家庭環境、地域社会、景気など多様な要因から影響を受けるため、事業活動と最終的な社会的成果との因果的な関係を切り分けることは容易ではない。OECDも、インパクト評価では、他の主体による効果や、事業が存在しなくても生じた変化などを考慮する必要があるとしている。
さらに、社会的インパクトには時間軸の問題もある。サービス利用者数や売上などは比較的短期に観察できる一方、貧困からの脱却、教育機会の改善、社会的包摂などの成果は長期的に現れる場合もある。そのため、シード期に観察できる短期的な事業上の兆候と、将来的な社会的インパクトとの関係は必ずしも自明ではない。
このように、シード期では財務面と社会的インパクト面の双方で実績が不足しているものの、その評価困難性の性質は異なる。財務面では、実績不足を補うための複数の評価材料が実務上用いられている。一方、社会的インパクトについては、課題によって成果の定義や測定方法が異なり、短期的に観察可能な情報から将来的な社会的成果を推測するための共通した先行指標は限定的である。
したがって、シード期の社会起業家について、現在の財務実績や社会的成果だけでは捉えられない将来性を、どのような情報から評価できるのかが重要な論点となる。
1.3 起業家評価と社会起業家の「志向性」
前節で述べたように、一般的なシード投資では、客観的な財務実績が乏しい段階において、起業家や経営チームに関する定性的な情報も将来性を評価するための材料として利用されている。
社会起業家への投資においても、起業家自身に関する情報が重視されることがある。その中でも、特定の社会課題への強いコミットメント、課題と自身の原体験との結びつき、課題解決への熱意などは、社会起業家を特徴付ける要素として語られることが多い。
本レポートでは、こうした要素を整理するため、社会起業家の「志向性」を、起業家の意識や行動が、特定の社会課題の解決に継続的に向けられている性質と定義する。
この定義において、原体験、価値観、アイデンティティそのものを志向性とみなすわけではない。これらは、特定の社会課題へ継続的に意識や行動が向けられるようになる背景として位置付ける。
社会起業家の志向性は、「社会課題に真摯に向き合っているから応援したい」「社会的意義が大きいから支援したい」といった規範的な理由から評価される場合がある。しかし、インパクト投資が社会的成果だけでなく財務的リターンも求める以上、志向性を投資判断に用いるのであれば、社会的意義への共感とは別に、それが事業の持続・成長とどのように関係しているのかを検討する必要がある。
もし、特定の社会課題へ継続的に向けられる志向性が、起業家の事業上の行動や意思決定に影響し、その結果として事業の持続性や成長可能性にも関係しているのであれば、志向性は「応援したい理由」にとどまらず、シード期における将来的な事業成長を捉えるための補完的な評価視点として意味を持つ可能性がある。
しかし、社会起業家の志向性が実際の事業運営にどのように表れ、それがどのような過程を通じて事業成長と関係するのかについては、十分に整理されているとは言い難い。
1.4 本レポートの目的と分析方法
以上を踏まえ、本レポートでは、社会起業家の志向性が事業上の行動や意思決定にどのように表れ、それらがどのような過程を通じて事業成長につながり得るのかを探索的に考察する。
本レポートの中心的な問いは、以下の通りである。
「社会起業家の志向性は、どのように事業成長につながるのか。」
この問いを検討するため、社会課題の解決に取り組む起業家への取材記事を掲載するtaliki.orgを分析対象とする。掲載記事の中から複数の社会起業家の事例を取り上げ、起業の背景となる原体験、課題への向き合い方、事業上の行動や意思決定、事業展開、ステークホルダーとの関係などを整理する。その上で、事例間に共通して見られる特徴を抽出し、志向性と事業成長との間にどのような関係が存在し得るのかを探索する。
また、本レポートは、志向性と事業成果との因果関係を統計的に実証することを目的とするものではない。taliki.orgに掲載された事例を比較することで、社会起業家の志向性と事業成長との間に存在し得るメカニズムについて仮説を構築する探索的研究として位置付ける。
以上の分析を通じて、社会起業家の志向性を、単なる社会的意義や規範的な支援理由としてではなく、シード期における将来的な成長可能性を捉える補完的な評価視点として位置付けられる可能性を検討する。これにより、社会課題解決に向けた資金配分のあり方について、新たな視点を提示することを目指す。
第2章 社会起業家の取材事例
2.1 taliki.orgとは
taliki.orgは、「社会課題の解決に取り組むすべての人をエンパワーするメディア」を掲げている。また、「より多くの人が『生まれてきてよかった』と思えるよう、社会課題を解決する人材を輩出すると同時に、彼らの効果的な活動のためのサポートをしています」と、その目的を具体化している。社会課題に正面から向き合い、ビジネスを通じて解決しようとする起業家らの取り組みや、その背景にある思いを発信しながら、「誰もが自分の存在意義を確認できる社会」をつくることを重視している。
taliki.orgには、これまで200社を超える社会起業家への取材記事が掲載されている。記事では事業内容だけでなく、起業家が社会課題に関心を持つようになった背景や原体験、事業を進める中での意思決定などについても詳しく取り上げられている。
本章では、その中から株式会社ブイクック、株式会社ヘラルボニー、株式会社デジリハの3社を取り上げ、社会課題への志向性が、それぞれの事業上の行動や意思決定にどのように表れているのかを整理する。
2.2 取材事例からみる社会起業家の志向性と事業上の行動
(1)株式会社ブイクック
株式会社ブイクックは、「誰もがヴィーガンを選択できる社会をつくる」というミッションのもと、NPO法人としてヴィーガンレシピ投稿サイト「ブイクック」の提供からスタートした。その後、2020年に株式会社ブイクックとなり、ヴィーガン商品専門EC「ブイクックスーパー」の運営や、2024年6月からはヴィーガン寿司専門店「Vegan Sushi Tokyo」の運営を行っている。
代表の工藤氏は、高校3年生のときに交通事故にあった猫を見つけたことをきっかけに、動物の殺処分や畜産の問題を知り、動物愛護や環境保護の観点からヴィーガンを始めたという。さらに、自身と同じようにヴィーガンを選択したいと思いながら、周囲の環境との関係でその選択に葛藤している友人たちを見たことで、「ヴィーガンを選択しやすい社会をつくりたい」と考えるようになった。
こうした原体験を背景として、工藤氏の意識や行動は「誰もがヴィーガンを選択できる社会をつくる」という課題解決へ継続的に向けられてきた。
一方、その実現のための事業の形は変化している。事業を加速させるため、意思決定に時間がかかるNPOから、より素早く意思決定のできる株式会社へ移行した。また、レシピサイトやECに留まらず、会社の成長に必要だと判断すれば、未経験であった飲食事業にも参入し、インバウンド市場を狙った「Vegan Sushi Tokyo」をオープンするなど、特定の手段に限定されない事業展開を行っている。
また、組織やコミュニティづくりにも特徴がある。工藤氏は「運営とユーザーの垣根があまりないような組織を作っている」と述べており、リードメンバー(社員)、スペシャリストメンバー(業務委託)、サポーター、ユーザーなど、その人のスキルや使える時間に応じて様々な形で事業に関われる仕組みをつくっている。さらに、Vegan Sushi Tokyoの実店舗展開に際してクラウドファンディングを実施するなど、ユーザーや支援者がミッションに関わる方法を広げている点も特徴的である。
(2)株式会社ヘラルボニー
株式会社ヘラルボニーは、「異彩を、放て。」をミッションに掲げ、福祉実験ユニットとして2018年に立ち上がった。国内外の150名を超える作家と契約し、2,000点以上のアートデータを管理するとともに、自社ブランド「HERALBONY」の運営や、企業・ブランドとのコラボレーション事業などを展開している。
代表の松田崇弥氏には、4歳上の知的障害を伴う自閉症の兄がいる。松田氏は幼少期から、周囲から「障害があって可哀想」「兄貴の分まで一生懸命生きろよ」といった言葉を掛けられることに違和感を抱いていた。一方で、自身には「兄も楽しそうに生きている」という実感があり、知的障害のある人々に対する社会的なイメージとの間にギャップを感じていた。この経験から、知的障害に対する社会的なバイアスやイメージを変えることに強い関心を持つようになったという。
こうした原体験を背景に、松田氏は知的障害に対する社会の見方を変えることを継続的に目指してきた。そのための手段として着目したのが、障害のある作家によるアートである。
一方で松田氏は、障害のある作家に対して「納期を守り、継続的に作品を制作して販売する」という従来型のアートビジネスをそのまま適用することには限界があると考えた。そこで、作家の特性を尊重しながら継続的な収益につなげる方法を模索し、一度制作された作品をデータとしてアーカイブし、様々な用途に展開する「アートライセンス事業」というモデルに辿り着いた。このモデルでは、作品を自社ブランドの商品だけでなく、企業とのコラボレーション、広告、空間などへ多角的に展開することが可能となる。
また、全国の福祉施設では、障害のある人が制作した作品が非常に安価に販売されているケースもある。松田氏は、これを個々の福祉施設の問題として捉えるのではなく、福祉施設が支援だけでなく作品の販売まで担わなければならず、その結果として作家へ十分な収益が還元されにくい構造そのものに課題があると考えている。
そこでヘラルボニーが作家や福祉施設と市場の間に介在し、作品を企業や消費者へ届ける役割を担うことで、作家の作品をより適正な形で社会へ展開する仕組みを構築している。こうした役割分担によって、全国の福祉施設や企業との連携を広げている点も特徴である。
(3)株式会社デジリハ
株式会社デジリハは、デジタルアートとセンサーを活用したリハビリツール「デジリハ」を提供している。このツールは、子ども医療福祉施設をはじめ、成人の障害者施設やリハビリ専門病院など、全国の様々な施設で導入されている。
代表の岡氏がデジリハを企画するきっかけとなったのは、運営していたNPO法人のスタッフの子どもが行っていたリハビリの様子を見た経験である。その子どもは筋ジストロフィーという疾患を抱えており、リハビリの映像では、嫌がったり泣いたりしながら訓練を受けていたという。
岡氏は、「リハビリはやらなければならないことであり、今後も人生についてくるものであるにもかかわらず、そのたびに嫌な思いをするのは辛い」と感じ、この経験をきっかけに企画を始めた。
その後、プロダクトをつくる過程で、単に決められた訓練を実施することだけではなく、本人が楽しみながら自発的に身体を動かせることを重視するようになった。そこで、リハビリにエンターテインメント性を取り入れ、デジタルアートとセンサーを組み合わせることで、子どもたちがゲーム感覚で楽しみながら身体を動かせるプロダクトを開発した。
また、デジリハの開発・導入においては、理学療法士などの医療・福祉専門職や導入施設との関わりも重視されている。実際の利用現場から得られる意見をもとにプロダクトの改善や活用方法の検討を重ね、利用者の状態や施設ごとのニーズに応じた使い方を広げている。
第3章 社会起業家の志向性と事業成長に関する考察
3.1 本章の目的と分析の視点
第3章では、taliki.orgに掲載された株式会社ブイクック、株式会社ヘラルボニー、株式会社デジリハの3社を取り上げ、起業家が社会課題に関心を持つようになった背景と、その後の事業上の行動や意思決定について整理した。
第1章で定義したように、本レポートにおける「志向性」とは、起業家の意識や行動が、特定の社会課題の解決に継続的に向けられている性質を指す。したがって、原体験や価値観そのものを志向性とみなすのではなく、それらを背景として形成された社会課題への志向性が、実際の事業運営にどのように表れているのかを捉える必要がある。
本章では、3社の事例を比較しながら、社会課題への志向性が、どのような行動や意思決定と関係し、それらが事業の持続や拡張とどのようにつながり得るのかを考察する。
なお、本章の目的は、あらかじめ設定した因果モデルを事例によって証明することではない。3社に見られる行動や意思決定を比較することで、志向性と事業成長との間に存在し得る関係を探索し、そのメカニズムについて仮説を構築することである。
3.2 原体験を背景とした志向性と挑戦の継続
本レポートで取り上げた3社の起業家には、いずれも社会課題に取り組むきっかけとなった具体的な原体験が存在していた。
ブイクックの工藤氏は、自身がヴィーガンを選択した経験に加え、同じようにヴィーガンを選びたいと考えながらも、生活環境などの制約によってその選択に困難を感じている友人の姿を見たことを事業の原点としている。ヘラルボニーの松田氏は、知的障害を伴う自閉症の兄と共に育った経験から、障害のある人に対する社会的な固定観念に違和感を抱いていた。デジリハの岡氏は、筋ジストロフィーの子どもが苦痛を感じながらリハビリを受ける姿を目にしたことから、従来のリハビリのあり方に問題意識を持った。
ここで重要なのは、原体験を持っていること自体ではなく、それを背景として、起業家の意識や行動が特定の社会課題の解決へ継続的に向けられていることである。3社の起業家にとって、取り組む社会課題は、自らの外部に存在する抽象的な問題というより、自身の経験や身近な他者との関係を通じて認識された問題であった。
このように課題が自身の経験やアイデンティティと強く結び付いている場合、個別の事業やサービスがうまくいかないことがあっても、課題そのものから撤退するという選択を取りにくくなる可能性がある。
talikiファンド代表の中村多伽氏も、課題解決への志向度が高い起業家について、事業がうまくいかない期間が続いても、課題解決に向けて繰り返し挑戦する傾向があることを指摘している。
ただし、挑戦を続けること自体が事業成長を保証するわけではない。むしろ重要なのは、試行錯誤を継続することで、ユーザーの反応、現場の状況、市場の特性、既存の事業モデルの限界など、新たな情報に接する機会が増えることである。
したがって、志向性が事業成長に関係するとすれば、その一つの経路は、単純に「諦めない」ことではなく、課題に関与し続けることによって、学習と事業改善の機会が継続的に生まれる点にあると考えられる。
3.3 継続的な学習による課題と成功状態の再定義
社会課題は複数の要因が複雑に絡み合っており、事業を始める段階で、解決すべき問題の全体像を正確に把握することは容易ではない。また、「何が実現すれば課題解決に近づいたといえるのか」という成功状態についても、あらかじめ明確な基準が存在するとは限らない。
そのため、社会課題を対象とする事業では、当事者やユーザー、現場の専門家との接触や事業上の試行錯誤を通じて、当初の問題認識を具体化し、ときには修正していく必要があると考えられる。
ブイクックの場合、目指しているのは単純にヴィーガン人口を増加させることではなく、「ヴィーガンを選びたい人が、その選択をできる社会」をつくることである。工藤氏自身やメンバーの当事者としての経験に加え、ユーザーへのヒアリングやサービスの検証を重ねる中で、ヴィーガンを選択する際の障壁は情報不足だけではなく、購入できる商品の少なさや、外食時の選択肢の不足など、生活の様々な場面に存在することが明らかになっていった。その結果、レシピを提供すること自体ではなく、ヴィーガンを選択する際に存在する障壁を減らすことが、事業が目指す状態としてより具体化されている。
ヘラルボニーの場合も、障害のある作家の作品を単に多く販売することが最終的な成功ではない。事業を展開する中で、福祉施設が作品の販売まで担わなければならないことや、作家の作品が十分な経済的価値として評価されにくいことなど、既存の構造自体が課題として捉えられている。そこで、作家に継続的な制作や納期への対応を求めるのではなく、既に生み出された作品を知的財産として蓄積し、様々な企業や商品、空間へ展開する仕組みが構築された。ここでは、「作品を売る」ということ以上に、作家の特性や制作ペースを尊重しながら、その作品が継続的に社会との接点や収益につながる状態が目指されている。
デジリハでは、当初の問題意識は、子どもが苦痛を感じながらリハビリを受けている状況への違和感であった。そこからプロダクトを開発する過程で、リハビリの成功を「指示された訓練を実施できること」だけではなく、「本人が楽しさを感じ、自発的に身体を動かしたくなること」と捉えるようになった。これにより、問題の所在も、利用者本人の意欲や能力だけではなく、本人が動きたいと思えるように設計されていない環境やリハビリのあり方にまで広がっている。
以上の3社に共通しているのは、最初に設定したサービスや商品をそのまま提供し続けることを成功とみなしていない点である。むしろ、当事者や現場との接触を通じて、「本当に解決すべき問題は何か」「どのような状態になれば課題解決に近づいたといえるのか」を具体化している。
一般的な市場では、既に確立された顧客ニーズや成功事例を参考に事業を設計できる場合もある。一方、新しい社会課題領域では、誰を顧客とするのか、何を価値として提供するのか、どのような状態を成功とするのかについて、確立された事業上の型が存在しない場合も多い。そのため、社会起業家にとって、現場との関わりを通じて課題と成功状態を問い直すことは、事業を存続・発展させるためにも重要なプロセスとなる。
この点から考えると、志向性は、一度決めた問題設定を守り続けるための執着ではなく、課題そのものへの関与を続けながら、現場から得た情報をもとに「何を解決すべきか」を問い直し続ける動機として機能している可能性がある。
3.4 目的への一貫性と手段の柔軟性
前節で示したように、3社では事業を進める中で、解決すべき課題や目指す成功状態が具体化されている。一方で、その状態を実現するために採用する手段は、事業開始時から一貫しているわけではない。
ブイクックは、NPO法人としてレシピ投稿サイトを運営するところから始まり、その後、意思決定の迅速化や事業成長を目的として株式会社へ移行した。また、レシピサイトだけでなく、EC事業や飲食事業へと事業領域を広げている。一方で、「誰もがヴィーガンを選択できる社会をつくる」という方向性は共通している。
ヘラルボニーも、障害のある作家の作品を単発で販売するのではなく、一度制作された作品をアートデータとして管理し、様々な用途へ展開するライセンスモデルを構築した。さらに、創業当初にライセンス案件が十分に得られなかった際には、自社ブランドを立ち上げ、自ら世界観を社会へ発信する方法を選択している。
デジリハにおいても、従来型のリハビリをそのまま効率化するのではなく、デジタルアート、センサー、ゲーム性といった異なる領域の要素を組み合わせることで、新しいリハビリ体験をつくっている。
これらの事例からは、社会課題への強い志向性が、必ずしも特定の商品やサービスへの固執につながるわけではないことが分かる。むしろ、「何を実現したいのか」という目的が明確であることで、現在採用している手段と最終的な目的を切り分け、必要に応じて法人形態、サービス、技術、収益モデル、顧客層などを変更することが可能になると考えられる。
前節で述べた課題や成功状態の具体化と、こうした手段の更新は密接に関係している。現場からの学習によって「何を解決する必要があるのか」が変われば、それに適した事業手段も変化する。こうした更新を繰り返すことで、顧客への提供価値と事業モデルとの適合性が高まり、利用者や取引先、事業機会の拡大につながる可能性がある。
3.5 志向性とステークホルダーの参画
社会課題は原因や関係者が多岐にわたり、一つの企業だけで解決することが難しい。そのため、社会起業家が事業を継続・拡大するうえでは、ユーザー、専門家、従業員、企業、投資家など、多様なステークホルダーとの関係が重要となる。
今回取り上げた3社では、起業家の原体験や、事業を通じて実現したい状態が明確に発信されている。また、その課題意識に共感する人々が、様々な形で事業に関わっている。
ブイクックでは、社員や業務委託者だけでなく、サポーターやユーザーが、それぞれのスキルや時間に応じて事業へ関与できる仕組みがつくられている。また、新たな店舗展開においてクラウドファンディングを実施するなど、利用者や支援者が事業に参加できる機会も設けられている。
ヘラルボニーでは、作家や福祉施設だけでなく、作品を商品や空間などに活用する企業との協業によって事業を拡大している。同社が示す課題意識や目指す社会像は、企業にとっても、単なるアート作品の購入とは異なる形で事業に参画する理由となり得る。
デジリハでは、医療・福祉現場の専門家や導入施設との連携を通じてプロダクトを改善し、活用方法を広げている。専門家の参画は、サービスの質や信頼性を高めるだけでなく、現場から新たな知識を得る機会にもなっている。
事業上重要なのは、ミッションへの共感が具体的な参画へと変化し、その結果として、人材、専門知識、資金、販路、社会的信頼など、事業に必要な経営資源が得られることである。
また、ステークホルダーとの関係は、単に経営資源を獲得するためだけのものでもない。ユーザーや専門家との接点が増えることで、新たな情報や課題が事業側へ戻り、再び課題認識や事業手段を見直すきっかけとなる。
したがって、ステークホルダーの参画は、事業成長の結果として生じるだけではなく、学習や事業改善をさらに促す循環の一部として位置付けることができる。
3.6 志向性と事業成長の関係
以上の3社の比較から、社会起業家の志向性と事業成長との関係について、一つの仮説的なメカニズムを提示することができる。
まず、起業家自身の原体験やアイデンティティとの結び付きは、特定の社会課題へ意識や行動を継続的に向ける志向性の形成背景となる。その志向性は、困難な状況においても課題への関与や試行錯誤を継続する動機となり得る。
試行錯誤を継続することで、起業家は当事者、ユーザー、専門家、市場などとの接触を重ね、課題についての情報を蓄積する。その学習を通じて、当初設定していた問題や、何をもって課題解決とするのかという成功状態が具体化・更新される。
さらに、解決したい課題や目指す状態を基準として考えることで、特定のサービスや事業モデルに固執せず、その実現に必要な手段を変更することが可能になる。こうした事業手段の更新は、顧客への提供価値や事業モデルとの適合性を高め、新たな利用者や取引機会につながる可能性がある。
また、課題に対する志向性や目指す社会像が他者に共有されることによって、ユーザー、専門家、企業、支援者などの参画が生まれる場合がある。その参画が、人材、専門知識、資金、販路、信頼などの経営資源の獲得につながれば、事業を実行・拡張するための基盤となる。
以上を踏まえると、本レポートで3社の事例から探索的に導かれた関係は、次のように整理できる。
原体験・アイデンティティとの結び付き
↓
特定の社会課題への志向性
↓
課題への関与・試行錯誤の継続
↓
現場との接触を通じた学習
↓
課題と成功状態の具体化・再定義
↓
事業手段・ビジネスモデルの更新
↓
提供価値・事業モデルの適合性の向上
これと並行して、
社会課題への志向性・目指す社会像の共有
↓
ステークホルダーの理解・参画
↓
人材・知識・資金・販路・信頼などの経営資源の獲得
という経路も存在すると考えられる。
これらのプロセスが相互に作用することによって、顧客・利用者の増加、取引機会の拡大、事業領域の拡張など、本レポートでいう事業成長につながる可能性がある。
ただし、これは一方向に進む直線的なモデルではない。ステークホルダーとの関わりによって新たな知識が得られれば、再び課題認識が変化し、それに応じて事業手段が更新される。そのため、実際には学習と事業改善を繰り返す循環的な過程として捉える方が適切である。
また、このメカニズムは3社の事例から構築した探索的な仮説であり、志向性が強ければ必ず事業が成長することを意味するものではない。市場性、技術力、経営能力、資金調達環境、チーム構成など、多くの要因が事業成長に影響する。志向性は、それらに代わるものではなく、起業家が学習や事業改善を継続し、必要な経営資源を獲得していく過程に関係する要素の一つとして位置付けることが適切である。
3.7 シード期の投資判断への示唆
第1章で述べたように、シード期では十分な財務実績が存在しないため、投資家は起業家やチームなどの定性的な情報も用いながら将来的な事業成長可能性を評価している。
本章の考察からは、社会起業家の志向性についても、「社会課題への思いが強いか」という抽象的な評価にとどめるのではなく、その志向性が実際の行動や意思決定としてどのように表れているかを見ることで、将来性を考える補完的な情報となる可能性が示唆される。
例えば、投資判断においては、以下のような観点が考えられる。
・課題の当事者や現場と継続的に接点を持っているか
・事業上の失敗やユーザーの反応から得た情報を、その後の意思決定に反映しているか
・最初に設定した問題を絶対視せず、何を解決すべきかを問い直しているか
・実現したい目的と、現在採用している事業手段を区別できているか
・ユーザーや市場の反応に応じて、事業手段を変更できているか
・専門家、ユーザー、企業など、課題解決に必要な主体との関係を構築できているか
・社会課題への志向性やミッションを、人材、知識、資金、販路などの具体的な経営資源の獲得につなげられているか
これらは、従来の財務指標や市場性、チーム、プロダクトなどの評価を代替するものではない。むしろ、定量的な実績が乏しいシード期において、起業家が今後も学習を継続し、事業モデルを更新しながら必要な資源を獲得できる可能性を判断するための補完的な視点である。
したがって、社会起業家の志向性は、それ自体を投資の根拠とするのではなく、志向性がどのような事業上の行動として表れているかを確認することで、将来的な事業成長可能性を捉える一つの手がかりとして位置付けることができる。
3.8 本研究の限界
本レポートは、taliki.orgに掲載された3社の事例を基に、社会起業家の志向性と事業成長との関係を探索的に考察したものであり、いくつかの限界が存在する。
第一に、取り上げた3社はいずれも、現在まで事業を継続し、一定の事業拡大や社会的認知を実現している企業である。そのため、同様に強い志向性を持ちながら事業継続や成長に至らなかった社会起業家との比較が行われておらず、成功事例に偏った解釈となっている可能性がある。
第二に、taliki.orgに掲載された取材記事を主な分析資料としている。taliki.orgは社会課題解決に取り組む起業家を支援・発信することを目的としたメディアであるため、掲載企業の選定や記事の構成において、起業家の原体験、ミッション、社会的意義などが相対的に強調されている可能性がある。
第三に、記事に記載された情報を用いた事例分析であり、志向性と売上、利益、顧客数などの事業成果との因果関係を定量的に検証したものではない。したがって、本章で提示したメカニズムは、3社の事例から構築された探索的な仮説として位置付ける必要がある。
今後は、事業成長に至らなかった社会起業家との比較、taliki.org以外の事例を含めた分析、起業家や投資家への追加インタビュー、財務指標を用いた検証などを行うことで、志向性と事業成長との関係についてより精緻に検討する必要がある。
以上の限界はあるものの、本レポートは、社会起業家の志向性を単なる社会的意義や「応援したい理由」として捉えるだけでなく、その志向性が事業上の行動や意思決定にどのように表れ、事業成長とどのように関係し得るのかという視点を提示した。この視点は、シード期の社会起業家の将来性を評価する際に、既存の財務・事業面の評価を補完する一つの可能性を示すものである。
※記事は執筆者の個人的見解であり、talikiの公式見解を示すものではありません。
参考文献
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Gompers, P. A., Gornall, W., Kaplan, S. N. & Strebulaev, I. A.(2020)“How Do Venture Capitalists Make Decisions?”, Journal of Financial Economics, 135(1), 169–190.
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株式会社taliki(2021)「障害は、欠落ではない。障害のある作家のアート作品をライセンスや商品として展開し、社会に接続する事業とは」taliki.org.https://taliki.org/archives/4365
株式会社taliki(2022)「ヴィーガンに関わるすべての課題に挑戦するブイクック。プロダクト作りに強い組織を目指す」taliki.org.https://taliki.org/archives/5056
株式会社taliki(2024)「東京初のヴィーガン寿司専門店『Vegan Sushi Tokyo』をオープンしたブイクック。日本ヴィーガン市場の変革を目指す」taliki.org.https://taliki.org/archives/8221
株式会社taliki(2023)「固定観念に囚われない仲間たちと障害者の『環境』を変えていく。事業拡大に向け求める人物とは」taliki.org.https://taliki.org/archives/6002
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執筆
堂前ひいな
taliki シンクタンク事業部 リサーチャー
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